チャーリー・チャン警部の生みの親
E・D・ビガースとも表記。アメリカ黄金時代の本格作家で、1920年から30年代にかけてアメリカのミステリ界を熱狂させたあのS・S・ヴァン・ダインの登場する1年前に発表された中国人探偵〈チャーリー・チャン〉シリーズの生みの親としてよく知られています。
オハイオ州ウォレンに生まれ、ハーヴァード大学を卒業後、1907年に〈ボストン・トラベラー〉紙に入社しユーモア欄を担当。そのかたわら劇評を手がけて演劇にも興味を持ち、1912年には早くも「If You Only Human」という戯曲が舞台化される幸運に恵まれます。
このデビュー作はあまり話題にはならなかったものの、続く1913年は「ポルドペイトへの7つの鍵」という探偵小説を発表し、この作品がアメリカの探偵小説界で大変な評判となり、直ちにブロードウェイのジョージ・M・コーハンの手で戯曲化されて上演。これも大評判となり、遂には映画化されるまでに至る大成功を収めたのです。
しかしその後再び演劇にこり出し、小説も雑誌向けのものをいくつか発表するにとどまるなどしばらくはパッとしない時期が続きますが、1925年に長編「鍵のない家」を発表したことで再び彼の人生に転機が訪れます。
この作品で初登場を果たした中国人探偵チャーリー・チャンは、その後続編が発表される毎に評判となり、その人気は原作はもとより映画会社のオリジナルも含めて四十本近くも映画化され、新聞の連続漫画にも登場し、無数のラジオドラマにも登場するほどだったといいます。
当時の人気を裏付ける事実として余談ですが、ハードボイルドの巨匠レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウものの第1作「大いなる眠り」にもその名前が登場しています。
またチャン警部の聡明で謙虚かつ親切な人柄と愛すべきキャラクター像は、それまでの中国人=悪人、あるいは得体の知れない気味の悪い人間というイメージを払拭するのにも貢献したと言われています。
チャーリー・チャン警部のシリーズは、ビガーズの手によって書かれた作品は長編6冊のみでそのうち5作品が邦訳されていますが、今日ではすべて入手が困難になっています。どれもクセがなくとても読みやすいオーソドックスな推理小説で、素晴らしい出来であり、個人的には最も復刊して多くの人に読んでいただきたいと思う作家の一人です。
チャーリー・チャンの初登場作品の発表は1925年で、1926年にファイロ・ヴァンスものの第1作「ベンスン殺人事件」を発表したS・S・ヴァン・ダインとほぼ同時期です。
ヴァン・ダイン鮮烈な登場の影に隠れてしまった形ではありますが、アメリカ黄金時代の幕開けを飾ったのは紛れもなくこのビガーズの「鍵のない家」でした。
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | Seven Keys to Baldpate (ポルドペイトへの7つの鍵) |
1913 | - | ミステリのデビュー長編 のち戯曲&映画化 |
2 | Love Insurance | 1914 | - | ロバート・ウェルズ・リッチーとの合作 |
3 | Inside the Lines | 1915 | - | |
4 | The Agony Column (The Second Floor Mystery) |
1916 | - | |
5 | 五十本の蝋燭 | 1926 | 別冊宝石45(極端な抄訳)('55) |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 | |
1 | Earl Derr Biggers Tells Ten Stories | 1928 | - | ||
1 | Moonlight and the Crossroads | - | |||
2 | Selling Miss Minerva | - | |||
3 | The Heart of the Loaf | - | |||
4 | Possessions | - | |||
5 | 一ドル銀貨を追え | 創元推理文庫110-11「探偵小説の世紀 下」('85) | |||
6 | Idle Hands 幸福な二重生活 |
オール讀物'38.8 | |||
7 | The Girl Who Paid Dividends | - | |||
8 | A Letter to Australia | - | |||
9 | Nina and the Blemish | - | |||
10 | Broadway Broke | - |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | カメラは偽らず | 新青年'36夏季増刊 | 原題不明 |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | If You Only Human | 1912 | - | デビュー作 |
2 | Inside the Lines | 1915 | - | |
3 | A Cure for Curables | 1917 | - | |
4 | See-Saw | 1919 | - | 「Love Insurance」を音楽劇にしたもの |
5 | There's a Crowd | - |
【参考】「チャーリー・チャンの追跡」(東京創元社 創元推理文庫)
「鍵のない家」(芸術社 推理選書)