007号の生みの親

UK イアン・フレミング
(Ian Fleming)

カジノ・ロワイヤル
「カジノ・ロワイヤル」
(1953年)
(東京創元社)

 イギリスの推理小説家で、あのアメリカのジョン・F・ケネディ大統領も大ファンだったという007号こと〈ジェイムズ・ボンド〉シリーズの生みの親です。

 イギリス、ロンドンの国会議員の家庭に生まれ、高等教育を受けたエリートで、ミュンヘン大学およびジュネーヴ大学で学んだ後、最初はロイターのモスクワ通信員として活躍していましたが、第二次世界大戦が勃発すると海軍情報部に所属してスパイ活動に従事するようになります。

 そして終戦の後しばらく小新聞社の外信部長を務めていましたが、やがて1953年になると自身のそれまでのイギリス軍におけるスパイ活動の経験を活かして〈ジェイムズ・ボンド〉シリーズ第1作となる長編スパイ小説「カジノ・ロワイヤル」を発表します。

 スパイ小説としての要素に加え、大人の娯楽である酒、タバコ、料理、美女、銃、車、賭博、ゴルフなどについても、筆者の深い教養に基づいて細かく描写されているこのジェイムズ・ボンド・シリーズはたちまち世界中で大反響を巻き起こし、この後のスパイ小説ブームの火付け役となりました。

ゴールドフィンガー
「ゴールドフィンガー」
(1959年)
(早川書房)

 007号こと〈ジェイムズ・ボンド〉のシリーズはその後映画化もされて、今現在でも絶大な人気を誇っています。シリーズは全部で12の長編と2短編集が刊行されていますが、フレミングには他にも児童向けの絵本「チキチキバンバン」(1964-65)などの著作もあります。

 フレミングの死後007号シリーズは、公認されたジョン・ガードナーが2代目ボンド作家として書き継ぎ、更に1996年からはレイモンド・ベンスンが3代目のボンド作家として書き継いでいます。

 また映画のシリーズも続けられていて、2002年にはシリーズ40周年と20作品達成を記念した映画「ダイ・アナザー・デイ」が公開されて好評を博しました。


■作家ファイル■

出身地
イギリス、ロンドン
学歴
イートン校から陸軍士官学校を経てミュンヘン大学とジュネーヴ大学で言語学を学ぶ
生没
1908年5月28日~1964年8月12日(56歳、心臓麻痺で)
作家としての経歴
1953
ジェイムズ・ボンド・シリーズ第1作の長編「カジノ・ロワイヤル」を発表し、一躍人気作家に
1962
ショーン・コネリーを主演に映画第1作「ドクター・ノオ」が公開される
1965
最後の長編「黄金の銃を持つ男」を完成させるが、その校正中に亡くなる
シリーズ探偵
007号ことジェイムズ・ボンド (James Bond)
代表作
「ドクター・ノオ」
「ロシアより愛をこめて」
「ゴールドフィンガー」

■著作リスト■

1 ジェイムズ・ボンド登場作品リスト

2 その他の作品

【児童書】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Chitty Chitty Bang Bang
(チキ・チキ・バン・バン)
1964 富山房「チキチキバンバン まほうのくるま ぼうけん1~3」('80-81)
盛光社「空とぶ自動車1~3」('64)
ジョン・バーニンガム画
映画化('68)

【ノンフィクション】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 ダイヤモンド密輸作戦 1957 ハヤカワ・ライブラリ('65)
2 007号/世界を行く 1963 ハヤカワ・ライブラリ('65)
3 続007号/世界を行く ハヤカワ・ライブラリ

【研究書】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 女王陛下の騎士
─007を創造した男
1966 早川書房('70) ジョン・ピアースン著
フレミングの伝記

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