ハードボイルド創生期の代表作家の一人
ジェームス・ケイン表記もあり。アメリカの小説家で、ダシール・ハメットらとともにハードボイルド創生期の代表的作家の一人として位置づけられています。
メリーランド州のチェサピーク湾に臨む首都アナポリスに同州のワシントン・カレッジの学長を務める父親とオペラ歌手だった母親との間に生まれ、若い頃は母親の影響でオペラ歌手を目指すも病弱な体質で歌手として声量不足だったためこれを断念。ワシントン・カレッジで修士号を取得した後、ジャーナリズムの世界に身を投じ1917年からボルティモアで新聞記者として働くようになります。
翌年に〈ボルティモア・サン〉紙に移り、第一次世界大戦で1年フランスに赴いた後再びサン紙に戻り1923年まで勤務。
翌年から生まれ故郷のセント・ジョン大学の教授として1年ほどジャーナリズムの教鞭を執り、その後ニューヨークに移って〈ワールド〉紙で社説を担当するなど再び記者生活を続け、そこで親交のあった劇作家ヴィンセント・ローレンスについて1932年からはハリウッドに移り、映画脚本も何本か担当しています。
作家となったのはサン紙の記者時代に知り合った「アメリカ英語」の著者でもある著名な評論家H・L・メンケンに小説を書くことを勧められた事がきっかけで、1928年に彼の主宰する雑誌〈アメリカン・マーキュリー〉誌に短編「牧歌」を発表したのを皮切りに、1934年、彼が42歳の時に初めて書いた長編小説「郵便配達は二度ベルを鳴らす」が一躍ベストセラーとなります。
更に続けて発表された「セレナーデ」と「ミルドレッド・ピアース」の2つの長編も大ヒットとなり、ここにケインは人気作家としての地位を確固たるものにしたのでした。
ちなみにこの2作品には、彼が若い頃に志し、終生の趣味でもあった音楽の嗜好が色濃く反映されているといいます。
作品の多くは性と暴力といったヴァイオレンスの世界を好んで題材としているものの、それは決して卑俗なものではなく、むしろ外皮を剥ぎとられたむき出しの人間心理を追求する姿勢、人間の本質を非情なまでに露にするその文学性は現在においても評論家やファンの間で高く評価されています。
自らの欲望のままにその対象を追い求めて破滅に至る主人公たちの荒々しい世界を、装飾を排除した簡潔な文体で描くそのスタイルは”20分茹でた固ゆで卵(ハードボイルド)”と称され、アーネスト・ヘミングウェイやダシール・ハメットとともにこのジャンルの代表的作家としてしばしば名前が挙げられますが、本人は”ハードボイルド派”と一括りにされて論じられるのは好まなかったのだそうです。
1947年には故郷に戻って、没年まで執筆を続けており、また1970年にはアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の巨匠賞も受賞しています。
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | 郵便配達はいつもベルを二度鳴らす (郵便屋はいつも二度ベルを鳴らす) |
1934 | 早川文庫77-1 集英社文庫('81) 講談社文庫('79) 新潮文庫('63) 東京創元社 世界名作推理小説大系19('61) 朋文堂 旅窓新書('55) 日本出版協同 ジェームス・ケイン選集5('54) 荒地出版社('53) |
映画化('39、'42、'46、'81) |
2 | セレナーデ | 1937 | 日本出版協同 ジェームス・ケイン選集1('54) | 映画化('39、'56、'57、'68) |
3 | Mildred Pierce (ミルドレッド・ピアース) |
1941 | - | 映画化('45) |
4 | 恋はからくり | 1942 | 別冊宝石51('55) | 映画化「悪の対決」('56) |
5 | 殺人保険 (深夜の告白) (倍額保険) |
1943 | 新潮文庫(新版)('75) 新潮文庫('62) 日本出版協同 ジェームス・ケイン選集2('54) |
レイモンド・チャンドラー脚本で映画化「深夜の告白」('44) ドラマ化('73) |
6 | The Embezzler (横領者) |
- | ||
7 | Career in C Major (Everybody Does It) (ハ長調の生涯) |
- | 映画化「私も貴方も」('49) | |
8 | Past All Dishonor (屈辱の彼方) |
1946 | - | 歴史物 |
9 | バタフライ | 1947 | 日本出版協同 ジェームス・ケイン選集4('54) | 映画化('81) |
10 | Sinful Woman | - | ||
11 | The Moth (蛾) |
1948 | - | |
12 | Jealous Woman (やきもち女) |
1950 | - | |
13 | The Root of His Evil (Shameless) (悪の根) |
1952 | - | |
14 | Galatea (ガラテア) |
1953 | - | |
15 | Mignon | 1962 | - | 歴史物 |
16 | アドレナリンの匂う女 | 1965 | 創元推理文庫174-1 新潮社('67) |
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17 | Rainbow's End | 1975 | - | |
18 | The Institute | 1976 | - | |
19 | Cloud Nine | 1984 | - | 没後出版 |
20 | The Enchanted Isle | 1985 | - |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 | |
1 | Career in C Major and Other Stories (ハ長調の生涯) |
1943 | - | 長編「Career in C Major」と合わせて計3編 | |
1 | Coal Black | 1937 | - | ||
2 | The Girl in the Storm 嵐の中の女 |
1940 | EQMM'65.7 | ||
2 | Everybody Does It (誰でもそれをする) |
1949 | - | 短編集1に更に長編「The Embezzler」を追加 | |
3 | The Baby in the Icebox | 1981 | - | ||
1 | The Baby in the Icebox 冷蔵庫の中の赤ん坊 |
1933 | HMM'78.2 EQMM'56.11 |
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2 | The Birthday Party | 1936 | - | ||
3 | Brush Fire 山火事 |
EQMM'57.8 | |||
4 | Coal Black | 1937 | - | 再収録 | |
5 | Dead Man 殺した男 |
1936 | EQMM'58.1 | ||
6 | The Girl in the Storm 嵐の中の女 |
1940 | EQMM'65.7 | 再収録 | |
7 | Joy Ride to Glory | - | |||
8 | Pastorale 牧歌 |
1928 | 日本文芸社「5分間ハード・ボイルド」 EQMM'57.4 |
最初の作品 | |
9 | The Taking of Montfaucon | 1929 | - | ||
4 | The Five Great Novels of James M. Cain | 1981 | - |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | Three of A Kind | 1943 | - | 長編5~7を所収 |
2 | Three of Hearts | 1949 | - | 長編4、8、9を所収 |
3 | Cain × 3 | 1969 | - | 長編1、3、5を所収 |
4 | Hard Cain | 1980 | - | 長編10、12、13を所収 |
5 | Jealous Woman / Sinful Woman | 1992 | - |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | It Was the Cat | 1944 | - | |
2 | Pay-Off Girl おれが賭けた女 |
1952 | EQMM'59.6 | |
3 | Cigarette Girl ギターと拳銃 |
1953 | マンハント'59.2 | 短編2の焼き直し |
4 | Two O'Clock Blonde 二時のブロンド (昼下りのデイト) |
HMM'89.2 マンハント'59.1 |
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5 | The Vistor | 1961 | - |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | Our Government (わが政府) |
1930 | - | 連作形式の社会諷刺劇 |
2 | The Postman Always Rings Twice | 1936 | - | 長編1の戯曲化 |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | Algies | 1938 | - | |
2 | Stand Up and Fight | 1939 | - | |
3 | The Bridge of San Luis Rey 情怨の谷 |
1944 | - | |
4 | Gypsy Wildcat | - |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | Sixty Years of Journalism | 1986 | - |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | 悪の対決 (美しき恋のからくり) |
1956 | 語学春秋社 イングリッシュトレジャリー・シリーズ16('06) 語学春秋社 ミッドナイト・シアター2('85) |
長編4の映画脚本がベース |
【参考】「郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす」(早川書房 ハヤカワミステリ文庫)
「殺人保険」(新潮社 新潮文庫)