ナチスに抵抗し続けた不撓不屈の作家
第二次世界大戦前後に活躍したドイツの小説家で、詩人としても有名な人物です。小説の分野では児童文学で特に有名で、「エミールと探偵たち」「点子ちゃんとアントン」「飛ぶ教室」「ふたりのロッテ」などの代表作はいずれも映像化されたりミュージカルなどで演じられたりしています。その作風の幅広さから〈8歳から80歳までの読者を持つ作家〉となどと称されることもしばしばです。
軍国主義の真っ只中のドイツで革細工師をしていた父親の家に生まれます。そして第一次世界大戦の敗戦で経済的に困窮したドイツ国内で、サンドイッチマンや臨時の簿記係などをしながら生計を立て、苦労して大学を卒業します。
卒業後まず最初は詩人として活躍をし、1927年から32年までの間に第1詩集「腰の上の心臓」を始めとする4冊の詩集を刊行します。
不正直であるなら下品である方むしろ望ましいと、失業や住宅難、愛のない性生活や婚前交渉、ビジョンのない政治や戦争への怒りなどを即物的、赤裸々に語ったこれらの詩群は各方面に大きな衝撃を与えるとともに、苦味の効いた中にどこか温かみやヒューマニズムを感じさせるものがあり、3冊目の詩集を発表した頃には国内で3万人という信じられないほどの読者を獲得していたといいます。
そしてこれらの詩集は1936年に「人生処方詩集」という形で整理されますが、孤独や怠惰、貧困や結婚生活の破綻など、いろいろな人生上でかかりやすい心の病気に陥った場合にそれぞれの処方箋を試すときっと心が楽になるという、彼独特の気遣いが滲み出る構成になっています。詩は本来人生において役立たずのように思えることを逆手に取った彼らしいやり方でした。
同じ頃児童文学にも手を染め、1928年には最初の児童文学作品「エミールと探偵たち」を発表します。この作品は評論家の間でも絶賛され、多くの言語に翻訳されて世界中の子供たちに親しまれるようになります。
続いて「点子ちゃんとアントン」や「飛ぶ教室」などの傑作を次々と発表していき、児童文学の第一人者としての地位を確固たるものとしました。
また1931年には彼唯一の本格的な長編小説「ファービアン」を発表。辛辣なユーモアと痛烈な社会批判と皮肉の効いた文体で彼の最高傑作と評価する声もあります。
常に世の中のことを考え心配はするものの、その一方で決して世間に媚びたり迎合することはしなかった彼の生き方がそのまま反映された彼の詩や小説は、当時軍国主義を取っていたナチスドイツではやはり軍部当局には受け入れられず、〈好ましくない作家〉の一人として認識されるようになり、やがて執筆・出版に制限がかけられるようになります。
しかし多くの小説家や詩人などの芸術家たちが祖国を捨てて国外へと避難する中、彼はドイツに留まりました。
そして1933年、彼の著書は「エミールと探偵たち」を除いて全て焚書の憂き目に遭い、二度逮捕され執筆も禁じられますが、それでも彼は決してナチスの弾圧に屈することはありませんでした。
出版禁止に対しては政治色のないユーモアな謎解き小説三部作である「雪の中の三人男」「消え失せた密画」「一杯の珈琲から」や、前述の「人生処方詩集」を同じドイツ語圏であるスイスから出版することで、また執筆禁止に対しては「ほらふき男爵」「ガリバー旅行記」「長靴をはいた猫」などの内外の有名な童話を自らの言葉で綴り直した作品を書いたりすることで、ナチスに対する無言の抵抗を続けました。
戦後ナチス体制が崩壊した後は再び本格的に活動を再開し、戦後の代表作である児童文学「ふたりのロッテ」が大ベストセラーとなり健在ぶりをアピールします。
この作品は近年にも2度映画化され、日本国内でも美空ひばりの一人二役で大映から映画化されたり、TVアニメシリーズとして「わたしとわたし ふたりのロッテ」の題名で放映されたりしています。また劇団四季によってミュージカル上演もされています。
人間は汚い部分もたくさん持ち合わせていて慰めや希望も感じられないこともしばしばですが、それでも希望をなくさず必ず良くなっていくと信じて少しでも前向きに生きていこう、そして童心に帰ろう、というのがケストナーの一貫した作品において、そして彼の人生においての姿勢であり、その強い彼の意志と人間を見る温かさに多くの人が共感し、彼の作品を手に取らされるのかもしれません。
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | エーミールと探偵たち (エミールと探偵たち) (少年探偵団) (少年探偵エミール) |
1928 | 岩波少年文庫018('00) 岩波少年文庫 2012 岩波書店 ケストナー少年文学全集1('62) 第三書房('63) 岩波書店 岩波少年少女文学全集7('60) 新潮社('50) 中央公論社('34) |
映画化('01) 映画化('30) |
2 | エーミールと三人のふたご (エミールと軽わざ師) |
1934 | 岩波少年文庫019('00) 岩波書店 ケストナー少年文学全集2('62) 偕成社 少年少女世界名作選16('68) 河出書房 少年少女世界の文学20('66) 筑摩書房 世界の名作25('57) 新潮社('50) |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | ファービアン あるモラリストの物語 (ファビアン) |
1931 | ちくま文庫('90) 新潮文庫('51) 学習研究社 世界文学全集26('79) 東邦出版社('73) 文芸春秋('48) 改造社(上下)('38) |
映画化('80) |
2 | 雪の中の三人男 | 1934 | 創元推理文庫508-2 筑摩書房 世界ユーモア文庫('78) 筑摩書房('69) 筑摩書房 世界ユーモア文学全集3('61) 東京創元社 世界大ロマン全集51('58) 白水社('54) |
ユーモア・ミステリ三部作1 |
3 | 消え失せた密画 (消え失せた密畫) |
1935 | 創元推理文庫508-1 東京創元社 世界大ロマン全集32('57) 白水社('54) |
ユーモア・ミステリ三部作2 |
4 | 一杯の珈琲から (ザルツブルグ日記) |
1938 | 創元推理文庫508-3 白水社('54) |
ユーモア・ミステリ三部作3 |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | 点子ちゃんとアントン (てん子ちゃんとアントン) |
1931 | 岩波少年文庫060('00) 岩波書店 ケストナー少年文学全集3('62) 集英社 子どものための世界名作文学24('79) 講談社 国際アンデルセン大賞名作全集5('69) 旺文社ジュニア図書館2('67) 集英社 世界文学全集37('66) 集英社 母と子の名作童話16('66) 講談社世界の名作30('65) |
映画化('99) |
2 | Der 35 Mai oder Konrad reitet in die Südsee 五月三十五日 (スケートをはいた馬) (スケートをはいたうま) |
岩波書店 ケストナー少年文学全集5('62) 講談社 こどもの世界文学17 ドイツ編3('71) 集英社 母と子の名作童話3('65) 講談社 世界名作童話全集15('63) 講談社 現代児童名作全集8('57) 中央公論社 ともだちシリーズ18('53) |
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3 | 飛ぶ教室 | 1933 | 岩波少年文庫141('06) 偕成社文庫 完訳版('05) 偕成社文庫 3050('77) 光文社古典新訳文庫('06) 講談社文庫('03)(新訳) 集英社文庫 国土社 世界名作文学集('03) 岩波書店 岩波世界児童文学集20('93) 講談社 青い鳥文庫99-2('92) 講談社 少年少女世界文学館('87) ポプラ社 ポプラ社文庫C58('86) 講談社文庫('83) 偕成社 少年少女世界の名作37('82) 国土社 世界の名作全集13(77) 文研出版 文研児童読書館 外国名作19('76) 小学館 少年少女世界の文学19(ドイツ3)('70) 集英社 少年少女世界の名作20('68) ポプラ社 世界の名著19('68) 講談社 世界の名作図書館19('68) 偕成社 少年少女世界名作選8('67) 講談社 世界名作全集30('67) 河出書房 少年少女世界の文学20('66) 岩波書店 ケストナー少年文学全集4('62) 講談社 少年少女世界名作全集17('62) 東京創元社 世界少年少女文学全集15('60) |
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4 | ふたりのロッテ (わたしとわたし ふたりのロッテ) |
1949 | 岩波少年文庫138('06) 岩波書店('90) ポプラ社 テレビドラマシリーズ12・17('92) 岩波書店 ケストナー少年文学全集6('62) 集英社 母と子の名作文学9('67) 岩波書店 岩波少年少女文学全集20「ふたりのロッテ・町からきた少女」('61) 岩波少年文庫('50) |
映画化「罠にかかったパパとママ」('61) 映画化('93) 映画化「ファミリー・ゲーム/双子の天使」 アニメ('91-'92) |
5 | Der kleine Mann サーカスの小びと (サーカスの小人) |
1963 | 岩波書店 ケストナー少年文学全集 別巻('75) 岩波書店('64) |
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7 | サーカスの小人とおじょうさん | 1967 | 講談社 青い鳥文庫99-1('85) 講談社 国際アンデルセン大賞名作全集6('69) |
9の続編 |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | 魔法をかけられた電話 | 1932 | 岩波書店 ケストナー少年文学全集8「動物会議」('62) | |
2 | 腕ながアルツール | 岩波書店 ケストナー少年文学全集8「動物会議」('62) | ||
3 | 動物会議 (どうぶつ会議) (どうぶつ会議) |
1949 | 岩波書店 大型絵本('99) 岩波書店 岩波の子どもの本('79) 世界出版社('68) 岩波書店 ケストナー少年文学全集8('62) 岩波こどもの本3・4年向12('54) |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 | |
1 | ケストナーの「ほらふき男爵」 | 1967 | ちくま文庫('00) 筑摩書房('93) |
ケストナーがアレンジした物語集 | |
1 | ほらふき男爵 | 1952 | 朝日出版社「ほら男爵の冒険」('72) 河出書房「ケストナーのほらふき男爵の冒険」('67) みすず書房「空想男爵の冒険」('60) |
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2 | ドン・キホーテ | 1956 | 河出書房「ケストナーのドン・キホーテ」('67) | ||
3 | シルダの町の人びと (シルダのおろか者) |
1954 | 河出書房「ケストナーのシルダのおろか者」('67) | ||
4 | オイレンシュビーゲルの愉快ないたずら | 1938 | 朝日出版社「ケストナーのティル・オイレンシュピーゲル」('75) 河出書房「ケストナーのティル・オイレンシュピーゲルのゆかいな冒険」('67) |
ドイツ民話 | |
5 | ガリバー旅行記 | 1961 | 河出書房「ケストナーのガリバー旅行記」('67) | ||
6 | 長靴をはいた猫 | 1951 | 河出書房「ケストナーの長ぐつをはいたねこ」('67) 朝日出版社「長靴をはいた牡猫」 |
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2 | Das grosse Erich Kastner Buch 大きなケストナーの本 |
1975 | マガジンハウス('95) | シルヴィア・リスト編 物語、詩、ドラマ、評論、講演、自伝、日記、手紙を、彼の生涯にそって並べて編集したもの |
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1 | 思ったほど良かあなかったよ。 | ||||
2 | 地球はまるいよ。だってそうできてるんだ。 | ||||
3 | では私はどこへ?―執筆禁止。または引き出しのために書く。 | ||||
4 | 一九四五年を銘記せよ。 | ||||
5 | むかし、マッチのない国がありました。 | ||||
6 | 求む、コペルニクス的性格―モラリスト、気むずかしい大作家となる。 | ||||
3 | Das Schwein beim Friseur | 1962 | - | 全何編か不明。邦訳は下記2編を所収 | |
1 | Ein kleiner Junge unterwegs 小さな男の子の旅 |
1927 | 小峰書房 ショート・ストーリーズ「小さな男の子の旅 ケストナー短編」('96) | ||
2 | Zwei Mütter und ein Kind おかあさんがふたり |
1929 | 小峰書房 ショート・ストーリーズ「小さな男の子の旅 ケストナー短編」('96) | ||
4 | サンタクロースにインタビュー 大人のための子どもの話 |
1998 | ランダムハウス講談社('07) | フランツ・ヨーゼフ・ゲールツ&ハンス・サルコヴィッツ編 | |
1 | また過ぎていくこと | 1929 | |||
2 | 人形と小犬 | ||||
3 | 人形の決闘 | 1927 | |||
4 | レコードにのせたごあいさつ | 1930 | |||
5 | 不運な億万長者 | ||||
6 | 学校ごっこ | 1927 | |||
7 | ギムナジウム生 熱愛の人に手紙を書く | ||||
8 | 二十のサイン | 1932 | |||
9 | カウンターの向こうのマジシャン | 1929 | |||
10 | 掃除機のバラード | 1927 | |||
11 | 小さなゾウ | 1929 | |||
12 | イースターうさぎの正体 | 1925 | |||
13 | 木々は芽吹いた | 1927 | |||
14 | 意図せぬ記録 | ||||
15 | 庭に出る | 1933 | |||
16 | サンタクロースにインタビュー | 1949 | |||
17 | クリスマス・テーブルのパレード | 1927 | |||
18 | クリスマスの決め台詞についての小講座 | 1928 | |||
19 | なべ騒動 | 1925 | |||
20 | 七つのプレゼント | 1930 | |||
21 | とんでもないクリスマス・パーティ | 1932 | |||
22 | そこが彼のつらいところ | 1930 | |||
23 | ペーター | 1927 | |||
24 | 模範生 | 1926 | |||
25 | ある人生 | 1923 | |||
26 | グスタフがカンニングした! | 1959 | |||
27 | 書物の知恵 | 1926 | |||
28 | 鉄棒をする女の子 | 1928 | |||
29 | カスパール、ベルリンへ行く | 1932 | 戯曲 |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | Herz auf Taille (腰の上の心臓(ハート)) |
1927 | - | 処女詩集 |
2 | Laerm im Spiegel (鏡の中の騒音) |
1928 | - | |
3 | Ein Mann gibt Auskunft (或る男が通告する) |
1930 | - | |
4 | Gesang zwischen den Stuehlen (椅子の間の唱歌) |
1932 | - | |
5 | 人生処方詩集 (E・ケストナーの人生処方箋) (ケストナーの終戦日記 一九四五年を忘れるな) (家庭薬局 ケストナー博士の叙情詩) (抒情的人生処方詩集) (ケストナァ詩集) |
1936 | ちくま文庫('88) 思潮社('85・'86)(正続2分冊) 駸々堂出版('85) かど創房('83) 角川文庫('66) 思潮社 現代の芸術双書14('65) 創元社('52) |
1から4までの詩集の中から数編を選出したアンソロジー |
6 | Bei Durchsicht meiner Buecher 自著一覧 |
1946 | - | 自選のアンソロジー |
7 | Der taegliche Kram. Chansons und Prosa (日々の雑貨) |
1948 | 文藝春秋「現代の寓話」('50) | エリッヒ・ケストネル |
8 | Kurz und Buendig. Epigramme (簡潔に) |
1950 | - | |
9 | Die kleine Freiheit (小さな自由) |
1952 | - | |
10 | Die dreizehn Monate (十三月) |
1954 | - |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | Das Haus Erinnerung 思い出の家 |
1940 | - | |
2 | Zu treuen Händen 忠実な手に |
1943 | - | |
3 | 独裁者の学校 | 1956 | みすず書房 みすず・ぶっくす31('59) |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | Als ich ein kleiner Junge war わたしが子どもだったころ |
1957 | 岩波書店 ケストナー少年文学全集7('62) みすず書房('58) |
自伝 |
2 | ケストナーの終戦日記 ─1945年、ベルリン最後の日 (ベルリン最後の日) |
1961 | 福武文庫('90) 駸々堂出版('85) 新潮社('62) |
日記 |
3 | 子どもと子どもの本のために | 1969 | 岩波書店 同時代ライブラリー 305('97) 岩波書店('77) |
評論や講演をまとめたもの |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | ケストナー ナチスに抵抗し続けた作家 | 1994 | 偕成社('99) | クラウス・コードン著の評伝 ドイツ児童文学賞 |
2 | ケストナー文学への探検地図 ─「飛ぶ教室」/「動物会議」の世界へ |
2004 | こうち書房 | 文学教育研究者集団編 |
【参考】「人生処方詩集」(筑摩書房 ちくま文庫)
「ファービアン あるモラリストの物語」(筑摩書房 ちくま文庫)
「ケストナーの「ほらふき男爵」」(筑摩書房 ちくま文庫)
「ふたりのロッテ」(岩波書店 岩波少年文庫)