ジェラルド・カーシュ
(Gerald Kersh)

「壜の中の手記」
（2002年）
（角川書店）

　短編の名手として知られるイギリスの小説家。1959年にはイギリスの税金が高いという理由からアメリカの市民権を獲得しています。ロンドン南西部の小さな町のユダヤ系イギリス人の家に生まれ、8歳の時から小説を書き始めたといいます。

　13歳の時に奨学金を得てリージェント・ストリート総合技術専門校に入学しますが、作家になるという子供の頃からの夢を叶えるため中退。それから作家になるまで約10年の間にパン屋、ナイトクラブの用心棒、レスラー、映画館の支配人、銀行の事務員、肉体労働者、ボディガード、賭け屋の事務員、借金の回収員、フィッシュアンドチップスのコック、巡回セールスマン、バーテンダー、フランス語教師など、様々な職業を経験しました。

　中でも格闘には格別の興味を持っていたらしく、自身も体じゅうが傷だらけだった他、新聞や雑誌にレスリングやボクシングの記事も書いています。

　1934年、20代初めに最初の小説「Jews Without Jehovah」で作家デビューしますが、自伝的な内容が含まれていたためか親族と法的トラブルとなり本は市場から回収。その後1930年代後半までは新聞や雑誌に雑文を書いて過ごしていますが、彼の唯一のシリーズ物カームジンは第１作の発表が1936年で、ちょうどこの頃から書き始められました。

「冷凍の美少女」
（1985年）
（朝日ソノラマ社）

　1938年、これまでに２度映画化されているロンドンのソーホーの暗黒街を舞台に金策に走り回るハリー・ファビアンを描いた小説「Night and the City（夜と都会）」を発表。ディケンズ調で大都会のアンダーワールドや浮浪者の生活を克明に描いた同作品で一躍名を知られるようになり、同年にはアリス・トンプソンと最初の結婚をするなど、人生の転機となった年でした。ちなみに彼は３度結婚（うち２度離婚）しています。

　翌1939年には自伝的要素の強い短編集「I Got References」を発表しますが、第二次世界大戦が開戦するとほどなく入隊し、ロンドン大空襲では生き埋めになったものの40年からは近衛歩兵第二連隊配属されるなど活躍します。

　軍務をこなす一方で戦争末期には小説家としての才能を買われ、日曜紙〈ピープル〉にピアズ・イングランドの筆名で戦争関連の記事を執筆して人気を博したり、1941年には陸軍省の広報の勧めで歩兵の訓練に関するパンフレットとして書いた作品を元に新兵たちが近衛兵になるまでの過程をヒューマニティーあふれる筆致で描いた「They Die with Their Boots Clean」を書き、ハイネマン社より刊行されて戦時中のベストセラーとなりました。

「犯罪王カームジン」
（2003年）
（角川書店）

　その後1943年頃からは米軍付きの従軍記者としてフランス国内を飛び回り、戦後は脚本家としての才能を買われてＭＧＭに脚本家として招かれるかたわら短編小説を〈エスカイヤ〉〈コリアーズ〉〈サタデー・イヴニング・ポスト〉〈プレイボーイ〉などの高級雑誌に寄稿。その後1950年頃から各地を転々とし52年までニューヨーク、54年からはカナダに移住。1959年にアメリカの市民権を獲得し、その10年後に他界しています。
　その生涯に20の長編と数多くの短編小説を発表していますが、イギリスでは文学者として認められ、「二十世紀著作家事典にも写真入りで経歴が掲載されているそうです。

　日本では長編の邦訳こそありませんが、短編は数多く雑誌に翻訳され、サキやジョン・コリアの系統を継ぐイギリスの異色作家として知られる存在となっています。その作風は幅広く、ＳＦ、サスペンス、ユーモア、諷刺、皮肉、怪奇など幅広いジャンルにわたる短編を発表しています。

　中でも代表作として有名なのは1957年に〈サタデー・イヴニング・ポスト〉誌に掲載された「壜の中の手記」で、この作品では翌1958年のアメリカ探偵作家クラブ（ＭＷＡ）賞の最優秀短編賞も受賞しています。

■作家ファイル■

出身地

イギリス、ロンドン南西部のミドルセックス州テムズ川沿いの小さな町テディントン生まれ
1959年にアメリカの市民権を獲得

学歴

リージェント・ストリート総合技術専門校中退

生没

1911年8月26日～1968年11月5日

作家としての経歴

1934

20代初めに最初の小説「Jews Without Jehovah（エホヴァなきユダヤ人）」で作家デビューするも、親族とトラブルとなり本は回収（ユダヤ人の怒りを買ったとも）

1936

5月9日の〈イヴニング・スタンダード〉誌にカームジンものの最初の短編「カームジンの銀行泥棒」を発表（カームジンものは1962年12月15日号の〈サタデー・イヴニング・ポスト〉誌に掲載された「カームジンと『ハムレット』の台本」まで全17編書かれている）

1938

ロンドンのソーホーを舞台に金策に走り回るハリー・ファビアンを描いた暗黒街を舞台にした小説「Night and the City（夜と都会）」を発表し、一躍話題に

1938

短編の代表作の一つ「死こそわが同志」を〈クーリア〉誌に発表

1939

自伝的要素の強い短編集「I Got References」を発表

1941

第二次世界大戦末期から小説家としての才能を買われて陸軍情報局のフィルムセンターで脚本家として活躍していたが、同年歩兵の訓練に関するパンフレットとして書いた作品を元に新兵たちが近衛兵になるまでの過程をヒューマニティーあふれる筆致で描いた「They Die with Their Boots Clean」を書き、ハイネマン社より刊行されて戦時中のベストセラーとなる

1947

アメリカの大手出版社ダブルデイから犯罪小説「Prelude to a Certain Midnight」を刊行

1948

〈サタデー・イヴニング・ポスト〉誌に短編「ブライトンの怪物」を発表

1949

〈ストランド〉誌に短編「豚の島の女王」を発表

1950

「Night and the City」が「街の野獣」のタイトルで映画化。ジュールス・ダッシン監督、リチャード・ウィドマーク主演でフィルム・ノワールの古典として高く評価されている

1957

「Fowlers End」を刊行。アントニー・パージェスより今世紀のユーモア小説の傑作のひとつと高く評価される

1957

〈サタデー・イヴニング・ポスト〉誌に短編「壜の中の手記」を発表し、翌1958年のアメリカ探偵作家クラブ（ＭＷＡ）賞の最優秀短編賞を受賞

1959

アメリカの市民権を獲得

1968

ハーラン・エリスン編の選集「Nightshade and Damnations」が刊行される

1992

「Night and the City（ナイト・アンド・ザ・シティ）」がアーウィン・ウィンクラー監督、ロバート・デ・ニーロ主演で２度目の映画化

2003

彼唯一のシリーズ物「犯罪王カームジン」の17編が、カーシュの研究家として知られるポール・ダンカン編で2003年に短編集として刊行される

シリーズ探偵

犯罪王カームジン (Karmesin)

代表作

「Night and the City（夜と都会）」（普通小説）
「死こそわが同志」「ブライトンの怪物」「豚の島の女王」「壜の中の手記」（短編）

■著作リスト■

１　犯罪王カームジン登場作品リスト

２　その他の作品

【長編】

【短編集】

【日本で独自編纂の短編集】

【オムニバス】

【その他の邦訳短編】

【映画】

【参考】「冷凍の美少女」（朝日ソノラマ社　ソノラマ文庫海外シリーズ）
「壜の中の手記」（角川書店　角川文庫）

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