出版 |
早川書房
ハヤカワポケットミステリ980 |
エイプリル・ダンサーのからだはビルの石壁にぴったりと吸いついていた。19階の外壁の細いわずかな張り出しに。ハイ・ヒールの踵は、その張り出しの上で釘づけになったままだ。足もとのはるか下方には、マンハッタンの町を行きかう自動車の灯りが、めまぐるしく、そして滑るように動きまわっている。
周囲の目もくらむような華やかさにひきかえ、ダンサーのしなやかな姿態は緊張にふるえていた。黒いブリーフ・ケースが、ダンサーの危険きわまりない歩みを、さらにのろのろとさせていたが、それは彼女にとって命よりも大事な鞄なのだ。……ゆっくり、じりじりと、せまいコンクリートの張り出しを伝っていった。死への旅になるかもしれない危険なバレエ。一度うばわれたその貴重なブリーフ・ケースを敵の手から取りかえすことができたが、今はそのブリーフ・ケースが彼女の命を奪おうとしているのだ。彼らはいずれ彼女を追いつめるにちがいない。
突然、窓が上にあくと、男の顔があらわれた。下からのネオンの光りのなかに浮かびあがった怪物のような顔。襲いかかる二本の手。押し、バランスを失わせ、殺そうとする二本の腕。危うし、エイプリル・ダンサー! アンクルきっての女特務員─0022/エイプリル・ダンサー・シリーズ第1弾! |