”ウォール街のクリスティー”と称される経済本格ミステリの大家
アメリカの小説家で、エマ・レイサンはメアリー・J・レイティスとマーサ・ヘンサートの二人の女性が合作する際に用いられたペンネームで、二人の姓名の最初のシラブル(LatとHen)を重ねて作ったものだそうです。
スパイ・ミステリが全盛期だった60年代のアメリカで、数少ない本格ミステリの書き手として活躍しました。ちなみにデビューから7年間は正体を明かさない、いわゆる覆面作家だったそうです。
二人が初めて知り合ったのはハーヴァード大学在学中のことで、その後レイティスは1969年まで農業経済の専門家としてローマにある国連食料農業機関やアメリカ政府などで、またヘンサートは1973年まで財務・金融の専門弁護士として企業で仕事を続ける傍ら、共同でミステリを合作し発表することになります。
二人がミステリ作家としてデビューしたのは1961年のことで、元々お互い大のミステリファンだったという二人がボストンで再会した際に、お気に入りの作品は大体読み尽くしてしまったことから今度は自分たちでミステリを書いてみようと意気投合したことがきっかけだったといいます。
以後長編「死の信託」を皮切りに、実際に起こった政治・経済的事件を題材に専門家としての豊富な経済知識を活かし、ウォール街の大銀行の副頭取ジョン・パトナム・サッチャーを主人公に政治・経済界の事件を題材にした経済ミステリを数多く発表しますが、ミステリに国際的・政治的・経済的問題を取り入れた斬新なアイディアは発表当時から好評を呼び、アンソニー・バウチャーなどの評論家たちからも高く評価されていたといいます。
そして一作ごとに着実に力をつけ、1964年には長編「死の会計」でイギリス推理作家協会(CWA)賞のシルヴァー・ダガー賞を、1967年には長編「小麦で殺人」でCWA賞のゴールド・ダガー賞を受賞。
破綻のない確かなプロットとロジカルな構成はもちろんのこと、経済ミステリとはいえ決して堅苦しいということもなく、洗練されたユーモアとウィットに富んだ筆致と巧みな人物描写、そして本格ミステリには欠かせない遊び心を生かした作風は”ウォール街のクリスティー”とも称されるほど高い評価を得ています。
その他にR・B・ドミニク名義でも7作の長編を発表しており、こちらはオハイオ州の連邦議員ベン・サフォードが主人公として活躍する政治ミステリです。
すべてR・B・ドミニク名義
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | Murder, Sunny Side Up | 1968 | - | |
2 | Murder in High Place | 1969 | - | |
3 | There Is No Justice (英 Murder out of Court) |
1971 | - | |
4 | Epitaph for a Lobbyist | 1974 | - | |
5 | Murder Out of Commission | 1976 | - | |
6 | The Attending Physician | 1980 | - | |
7 | Unexpected Developments (英 A Flaw in the System) |
1983 | - |
【参考】「ギリシャで殺人」(早川書房 ハヤカワポケットミステリ)
「死の会計」(論創社 論創海外ミステリ)