エラリー・クイーンの「ローマ帽子の謎」と第1位を争った幻の女流作家
アメリカの女流ミステリー作家で、現在本国では既に忘れられた作家。経歴も生没年も不詳で、作家活動としても1930年に処女長編「殺人者はまだ来ない」を発表し、その後1長編の計2長編を残しているにとどまっている─これが大体のミステリ関係の資料における彼女の紹介文でした。
しかし彼女は心理学者としては大変著名な人物のようで、母親のキャサリン・クック・ブリッグス(Katharine C.Briggs)と共同で1962年にMBTIを創設したことで知られています。
MBTIとは"Myers-Briggs Type Indicator"の略で、ユングのタイプ論をもとに開発された性格検査であり、国際規定に基づき世界45か国以上で活用され就職活動や転職における適性検査や心理学のカウンセリングなどで頻繁に活用されているそうです。
そんな心理学者として有名な彼女が類型学の考えを応用して書き上げたという処女長編「殺人者はまだ来ない」は、次のようなエピソードとともに知られています。
1928年に〈マクルア〉誌とストークス社が協賛して7500ドルの懸賞小説を募集したところ、これに応募してきたのがまだ若干23歳であったマンフレッド・リーとフレデリック・ダネイの従兄弟同士の二人組でした。言うまでもなく後の黄金時代の巨匠エラリー・クイーンであり、その時応募されたのが処女長編である「ローマ帽子の謎」だったそうです。
「ローマ帽子の謎」はその時もちろん入選を果し、非公式に賞金獲得の知らせが届いたそうですが、あろうことかその直後〈マクルア〉誌の版元が倒産し経営者が変わってしまったことで、第1位の座と賞金はこのマイヤーズの処女長編「殺人者はまだ来ない」に変更されてしまったのでした。
翌1929年に「ローマ帽子の謎」はストークス社から出版され、後の大活躍に至るクイーンについては説明するまでもありませんが、同じく「殺人者はまだ来ない」も1930年に同じストークス社から刊行されています。
両者のその後の活躍の差を考えると複雑な思いもありますが、このような経緯があったにせよ「ローマ帽子の謎」と第1位を争うほどの作品であったことには変わりがなく、女流作家らしくゴシック・ロマンスやサスペンス要素も織り交ぜながら、謎解きを充分に楽しむことができる非常に興味深い作品の一つといえます。
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | 殺人者はまだ来ない (トレント殺害事件) (標石荘殺人事件) |
1930 | 光文社文庫('87) 光文社 カッパ・ノベルス('83) EQ'81.9-'82.1(23-25) サイレン社('36) アドア社(抄訳?)('36) |
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2 | Give Me Death | 1934 | - |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | Gifts Differing: Understanding Personality Type 人間のタイプと適性 ―天賦の才 異なればこそ |
1980 | 日本リクルートセンター出版部('82) | T・バトラー=ボードン著「世界の心理学50の名著」にも選出 |
2 | Manual: A Guide to the Development and Use of the Myers-Briggs Type Indicator | 1985 | - | Mary H. McCaulleyとの共著 |
3 | Introduction to Type | 1990 | - |
No. | 事件名 | 発表年 | 邦訳 | 備考 |
1 | Katherine and Isabel: Mother's Light, Daughter's Journey | 1991 | - | Frances Wright Saunders著 キャサリン・クック・ブリッグス&イサベル・ブリッグス・マイヤーズの伝記 |
【参考】「殺人者はまだ来ない」(光文社 光文社文庫)