エッセイ「自分の時間」でも有名なイギリスの文豪

UK アーノルド・ベネット
(Enoch Arnold Bennett)

グランド・バビロン・ホテル
「グランド・バビロン・ホテル」
(1902年)
(改造社)

 イギリスの小説家、劇作家、随筆家、評論家で、ジャーナリストとしても活躍しました。またH・G・ウェルズと並んで第一次世界大戦前後の代表的な小説家の一人に挙げられる作家です。

 陶器製造地方として有名なイギリス北部のスタッフォードシャー州に生まれ、21歳の時に首都ロンドンへ出て最初は法律事務所に勤める傍ら新聞や雑誌に小説や随筆を投稿していましたが、その後ジャーナリズムに興味を持ち出版社に転職。それからしばらくは女性週刊誌〈ウーマン・マガジン〉の編集者(のち編集長)として婦人雑誌の編集に携わることになります。

 やがて1895年に〈イエロー・ブック〉誌に短編「母への手紙」が掲載されると、それをきっかけとして作家を志すようになり、1900年頃から本格的に作家活動を開始しました。

 そして自分の生まれ故郷であるスタッフォードシャー州の「五つの町」を舞台に、町で仕立屋を営むベインズ夫人と彼女の2人の娘コンスタンスとソファイアの、親子二代にわたる女の生涯を写実的に描いた「五つの町」シリーズで作家としての地位を確立しました。

二人の女の物語
「二人の女の物語」
(1908年)
(岩波書店)

 それらの作品の中でも1908年、41歳の時にモーパッサンの「女の一生(Une Vie)」に範をとって書かれたという「老妻物語(二人の女の物語)」が、彼の作家としての地位を確固たるものとした出世作です。

 他にも同じ「五つの町」を舞台とし、クレーハンガーとヒルダの男女二人の生い立ちから結婚生活に至る葛藤を描いた三部作もありますが、彼の精緻な写実の筆はほとんど写真に近いものと絶賛され、またイギリスの伝統的なユーモア精神を受け継いだ筆致は、読む者を心ゆくまで楽しませてくれます。

 その他にも〈ファンタジア(遊び)〉と称して大衆向けの小説も数多く発表していて、その中にはエミール・ガボリオの影響も受けたと言われる、探偵味を帯びたミステリ色の濃い作品も見られます。

 中でも1902年に発表した長編「グランド・バビロン・ホテル」は、都会の大ホテルを舞台に恋と陰謀のロマンスを描いた傑作で、ジェームズ・サンドーの名作表にも選ばれています。日本でも戦前に世界大衆文学全集などから邦訳が出ています。

シャーロック・ホームズのライヴァルたち2
「シャーロック・ホームズの
ライヴァルたち2」
(早川書房)

 また1905年にはミステリーの短編集「都市の略奪品・ファンタジア」を発表。

  この作品は〈楽しみを追求する百万長者の冒険譚〉という副題の通り、暇を持て余した若い百万長者のセシル・サロルドが、ヨーロッパの大都市から遠くサハラ砂漠にまで足を伸ばし、各地を漫遊しながら遊び半分に金を巻き上げたり、詐取したり、時には悪人を懲らしめながら金儲けをしたりするロビンフッドを思わせる痛快な物語集で、第二次世界大戦後エラリー・クイーンの手によって再評価され、クイーンの定員にも選ばれています。

 更に小説家としてだけでなく、文芸批評家やエッセイストとしても活躍しています。

 まず文芸批評の分野では〈ニュー・エイジ〉紙上ではジャコブ・トンスン名義で、〈ロンドン・スタンダード〉紙上ではベネット名義で「本と人」という書評を書き、他のジャンルの小説と並べて探偵小説批評を行い、ミステリ界の発展に貢献。

 これらは黄金時代の巨匠ジョン・ディクスン・カーや1920年から30年代にかけてのミステリ作家の方法論形成に重大な影響を与えたとされています。

自分を最高に生きる
「自分を最高に生きる」
(1923年)
(三笠書房)

 一方エッセイストとしてはわが国でも1日24時間でどう生きるかを説いた「自分の時間」や、「自分の能力を”持ち腐れ”にするな」や「自分を最高に生きる」などの、人生における教訓を説いたエッセイが邦訳されて人気を集め、これらの著作は何度も出版されてその都度読者の共感を勝ち取っています。

 ベネットは1902年に父親が他界すると翌1903年にフランスへと渡り、1907年にはフランス人女性と結婚。1912年にイギリスに戻るまでパリとフォンテーヌブローで合わせて10年余りをフランスで過ごしています。

 その影響もあってかフランスの自然主義に裏打ちされた作風が強いと言われていますが(「老妻物語」はこの間に書かれた作品)、その一方でイギリスの伝統的なユーモア気質も濃厚であり、両者が渾然一体となった厚みのある作風を特徴としています。


■作家ファイル■

出身地
イギリス北部のスタッフォードシャー州ハンレー市外シェルトン生まれ
学歴
ロンドン大学卒業
生没
1867年5月27日~1931年3月27日
作家としての経歴
1895
〈イエロー・ブック〉誌に短編「母への手紙」が掲載されたのをきっかけとして作家を志すようになり、1900年頃から本格的に作家活動を開始
1898
処女長編「A Man from the North (北からの男)」を発表
1902
長編「グランド・バビロン・ホテル」を発表
1903
「都市の略奪品・ファンタジア」の6編が〈ウィンザー〉誌に連載され、2年後の1905年にロンドンのオールストン・リヴァース社より短編集として刊行される
1908
代表作の「老妻物語(二人の女の物語)」を発表
シリーズ探偵
百万長者のセシル・サロルド (Cecil Thorold)
クレイハンガー一家(Clayhanger Family)
代表作
「グランド・バビロン・ホテル」
「都市の略奪品」(短編集)
「二人の女の物語(老妻物語)」
「自分の時間」「文学趣味─その養成法」(ノンフィクション)

■関連リンク■

1 海外サイト「A biography of Arnold Bennett


■著作リスト■

1 「五つの町」シリーズ

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 A Man from the North
(北からの男)
1898 -
2 Anna of the Five Towns
(五つの町のアンナ)
1902 -
3 Tales of the Five Towns
(五つの町の物語)
1905 -
1 His Worship the Goosedriver -
2 The Elixir of Youth -
3 Mary with the High Hand -
4 The Dog -
5 A Feud -
6 Phantom -
7 Tiddy-Gol-Lor -
8 The Idiot -
9 The Hungarian Rhapsody -
10 The Sisters Quita -
11 Nocturne at the Majestic -
12 Clarice of the Autumn Concerts -
13 A Letter Home
故郷への手紙
岩波文庫「20世紀イギリス短編選/上」('87)
4 Grim Smile of the Five Towns
(五つの町の微苦笑)
1907 -
1 The Lion's Share -
2 Baby's Bath -
3 The Silent Brothers -
4 The Nineteenth Hat -
5 Vera's First Christmas Adventure -
6 The Murder of the Mandarin -
7 Vera's Second Christmas Adventure -
8 The Burglary -
9 News of the Engagement
婚約の知らせ
HMM'88.12
10 Begining the New Year -
11 From One Generation to Another -
12 サイモン・フュージの死 旺史社「アーノルド・ベネットと五つの町」('92)
13 In a New Bottle -
5 二人の女の物語
(老妻物語)
1908 岩波文庫(上中下)('02)
岩波文庫('62改題)
岩波文庫('41)
6 当世人気男 1911 筑摩書房 世界ユーモア文庫('78新装版)
筑摩書房 世界ユーモア文学全集5「わが夢の女/当世人気男」('61)
7 Matador of the Five Towns
(五つの町の切り札)
1912 玄文社「少女─ベネット短篇集」('43) 邦訳は2-4,8-13,21の10編を収録
1 五つの町の闘牛士 旺史社「アーノルド・ベネットと五つの町」('92)
2 少女
3 いと貴き幻影
4 手紙と嘘
5 The Glimpse -
6 Jock-at-a-Venture -
7 The Heroism of Thomas Chadwick -
8 置時計の下
9 歯科医の三つの挿話
10 汽車に間に合ふ
11 露台の寡婦
12
13 易者
14 The Long-lost Uncle -
15 The Tight Hand -
16 何故時計がとまったか 改造社 世界大衆文学全集72「新聞記者スミス」('31)
17 Hot Potatoes -
18 Half-a-Sovereign -
19 The Blue Suit -
20 The Tiger and the Baby -
21 拳銃
22 An Unfair Advantage -
8 The Regent
(Married Life)
1913 -

2 クレイハンガー一家登場作品リスト(クレイハンガー三部作)

【長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Clayhanger
(クレイハンガー)
1910 -
2 ヒルダ・レスウェイズの青春 1911 国書刊行会 シリーズ─ヒロインの時代('89)
3 These Twain
(この二人)
1916 -

【オムニバス】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 The Clayhanger Family 1925 - 3長編所収

3 百万長者のセシル・サロルド登場作品リスト

4 その他の作品

【長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 グランド・バビロン・ホテル 1902 改造社 世界大衆文学名作選集19('39)
改造社 世界大衆文学全集37('30)
2 The Gates of Wrath 1903 -
3 Leonora -
4 A Great Man 1904 -
5 Teresa of Watling Street -
6 Sacred And Profane Love
(The Book of Carlotta)
1905 -
7 Hugo 1906 -
8 Whom God Hath Joined -
9 The Sinews of War
(Doubloons)
- イーデン・フィルポッツとの合作
10 The Ghost 1907 -
11 The City of Pleasure -
12 The Statue 1908 - イーデン・フィルポッツとの合作
13 Buried Alive -
14 The Glimpse 1909 -
15 Helen with the High Hand 1910 -
16 The Price of Love 1914 -
17 The Lion's Share 1916 -
18 The Pretty Lady
(かわいい淑女)
1918 -
19 The Roll Call -
20 Mr. Prohack 1922 -
21 Lilian -
22 Riceyman Steps
(ライシーマンの石段)
1923 -
23 Lord Raingo
(レインゴー卿)
1926 -
24 The Strange Vanguard
(The Vanguard)
1928 -
25 Accident 1929 -
26 Imperial Palace
(インペリアル・パレス)
1930 -
27 Tabletop 1939 -

【戯曲】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Cupid and Commonsense 1908 - 「Anna of the Five Towns(五つの町のアンナ)」の戯曲
2 What the Public Wants 1909 -
3 The Honeymoon 1910 -
4 Milestones
(一里塚)
1912 - Edward Knoblockとの合作
5 The Title: A Comedy in Three Acts 1918 -
6 Sacred and Profane Love 1919 -
7 Judith -
8 Body and Soul 1922 -
9 The Love Match -
10 Don Juan De Marana 1923 -
11 London Life 1924 - Edward Knoblockとの合作
12 The Bright Island -
13 Mr. Prohack 1927 - 同名小説の戯曲化
Edward Knoblockとの合作
14 Piccadilly 1929 - 映画脚本
15 The Snake Charmer 1933 -

【短編集】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Polite Farces for the Drawing Room 1900 - 戯曲集
1 The Stepmother -
2 A Good Woman -
3 A Question of Sex -
2 Elsie And the Child: A Tale of Riceyman Steps And Other Stories 1924 -
1 Elsie and the Child -
2 During Dinner -
3 The Paper Cap -
4 The Box-Office Girl -
5 Mr. Jack Hollins against Fate -
6 Nine O'Clock Tomorrow -
7 The Yacht -
8 Outside and Inside -
9 Last Love -
10 The Mysterious Destruction of Mr. Ipple -
11 The Perfect Creature -
12 The Fish -
13 The Limits of Dominion -
3 The Woman Who Stole Everything: And Other Stories 1927 -
1 The Woman Who Stole Everything -
2 A Place in Venice -
3 The Toreador -
4 Middle-Aged -
5 The Umbrella -
6 House to Let -
7 Claribel -
8 Time to Think -
9 One of Their Quarrels -
10 What I Have Said I Have Said -
11 Death, Fire and Life -
12 The Epidemic -
13 A Very Romantic Affair -
4 The Night Visitor: and Other Stories
(夜の訪問者、その他)
1931 - ミステリ短編集
1 The Night Visitor -
2 The Cornet-Player -
3 殺人! 1926 創元推理文庫104-28「完全犯罪大百科/上」('79)
4 The Hat -
5 Under the Hammer -
6 The Wind -
7 Honour -
8 The First Night -
9 The Seven Policemen -
10 Myrtle at 6 A.M. -
11 Strange Affair at an Hotel -
12 The Second Night -
13 The Understudy -
14 The Peacock -
15 Dream -
16 Baccarat -
17 The Mouse and the Cat -

【オムニバス】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 The Arnold Bennett Omnibus Book 1931 -
2 The Penguin Arnold Bennett 1954 - 全6巻

【邦訳短編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 金貨 新青年'26夏季増刊 原題不明
2 不面目な物語 新青年'38増刊

【ノンフィクション】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Fame And Fiction 1901 -
2 How to Become an Author: A Practical Guide 1903 -
3 The Reasonable Life
(Mental Efficiency Friendship and Happiness Literary Taste)
自分の能力を“持ち腐れ”にするな!―今日をベストに、一生をベストに生きる習慣の力
(「自分脳」で生きる)
1907 三笠書房('90)
三笠書房('84)
4 How to Live On Twenty-four Hours a Day
自分の時間
(人生を豊かにする時間術)
1908 三笠書房 知的生きかた文庫('90)
ソフトバンクパブリッシング フォーエバー選書('05)
三笠書房('03)
三笠書房('94)
三笠書房('82)
5 The Human Machine 1909 -
6 Literary Taste: How to Form it; with Instructions for Collecting a Complete Library of English Literature
文学趣味─その養成法
(文学の味わい方)
(文学案内)
岩波文庫('03)
英宝社('88)
河出文庫('55)
岩波文庫('43)
イギリス文学入門書
7 The Feast of St Friend
(Friendship and Happiness)
1911 -
8 Paris Nights: And Other Impressions of Places and People 1913 -
9 The Author's Craft
(作家の技巧)
1914 -
10 Liberty: A Statement of the British Case -
11 From the Log of the Velsa -
12 Over There: War Scenes on the Western Front 1915 -
13 Self and Self-Management
(自己と自己管理)
1918 -
14 Our Women
(現代の女性)
1920 -
15 Frank Swinnerton - Grant Overton and H G Wellsとの合作
16 Things That Have Interested Me 1921 -
17 Things That Have Interested Me: Second Series 1923 -
18 自分を最高に生きる
(自己を最高に生かす!)
三笠書房 知的生きかた文庫('91)
三笠書房('93)
三笠書房('83)
19 Things That Have Interested Me: Third Series 1926 -
20 Mediterranean Scenes 1928 - 旅行記
21 The Savour of Life -

【自伝】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 The Truth About an Author
(作家の真実)
1903 吾妻書房('81)

【エッセイ・評論その他】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Journalism for Women 1898 - エッセイ
2 Those United States
(Your United States)
1912 - 評論
3 The Plain Man and His Wife 1913 - 哲学書
4 Books and Persons 1917 - エッセイ
5 The Religious Interregnum 1929 - エッセイ

【研究書】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 アーノルド・ベネットと五つの町 1992 旺史社 守屋富生訳著
五つの町の2短編とフランク・スウィナトンの評伝、及び著者の評論を収録
2 ベネットの故郷 1996 旺史社 守屋富生著

【参考】「グランド・バビロン・ホテル」(改造社 世界大衆文学名作選集)
「新潮世界文学辞典」(新潮社)
access-rank


TOPへ