正体不明の覆面作家として活躍

USA トレヴェニアン
(Trevanian)
〔別名 ニコラス・シアー (Nicholas Seare)〕

アイガー・サンクション
「アイガー・サンクション」
(1972年)
(河出書房新社)

 アメリカの小説家。デビューからしばらくは覆面作家として活躍していたためその正体についていろいろな憶測が流れたといいます。

 本名はロドニー・ホイテッカーといい、片親の血筋はフランス人とインディアンの混血らしく、第二次世界大戦後のまだ若い時期、原爆投下6週間後の広島を訪れ、一時期日本にも住んでいたことがあったそうです。その後手始めに演劇の脚本や演出の道を志すものの、人間関係の問題から学問研究の道に方向転換。歴史、英語、演劇の分野で学位を、更に内容分析技術の方法論の研究では博士号を取得しました。ほどなくフルタイムの教授となり、総合大学の学科長という要職にも就き、70年代にはテキサス大学の教授をしていたそうです。また作家としてのデビュー前には本名で映画評論も書いていました。

 ミステリ作家としてのデビューは1972年に発表した冒険小説「アイガー・サンクション」で、この作品はジョナサン・ヘムロックという名前の大学教授、登山家、絵画蒐集家、殺し屋などの様々な顔を持つ主人公のキャラクターの奇抜性と、壮大なアルプスの高山を舞台に主人公が始末すべき標的をチームを組んだ登山隊の中から探し出すという独創的なストーリー設定や丹念に描かれた人物描写が好評を博し、クリント・イーストウッドの監督・主演で映画化もなされて大きな注目を集めました。

夢果つる街
「夢果つる街」
(1976年)
(角川文庫)

 ちなみにヘムロックはもう一作品「ルー・サンクション」にも登場していますが、サンクションとは”報復暗殺”を意味するのだそうです。

 ところがその後ホイテッカーはトレヴェニアンというペンネームをあっさり捨て新たな構想で小説を書き始めようとします。しかし完成した作品を売れないと判断した版元の出版社から出版を断られ、今度は新しい出版社から五部作の小説を準備しようとするものの訴訟問題となり、裁判に敗れ結局元の出版社からトレヴェニアン名義で小説を刊行しなくてはいけなくなってしまいます。

 しかしそこは多彩な才能を持つ学者肌の作家らしく、1976年には警察小説「夢果つる街」を、1979年には当時のアメリカでの日本ブームを背景に日本で過ごした若い頃の自分を思い出して冒険小説「シブミ」を発表するなど、ジャンルを超越して完成度の高い作品を発表していずれも高い評価を得ています。

 またこの頃からスペインとフランスの国境にあるバスク地方に妻と三人の子供と移り住み、趣味のロッククライミングをしたりペンキ塗りや大工仕事などの肉体労働に従事するようになります。

シブミ/上
「シブミ」
(1979年)
(早川書房)

 その一方で〈ハーパーズ〉、〈プレイボーイ〉、〈イェール文学批評〉などの雑誌に様々な文体の短編小説を発表しますが、長編の方はバスクでの隠棲の経験を活かして書かれた1983年発表のサスペンス長編「バスク、真夏の死」を最後に書かれなくなり、次に作品が発表されたのは15年の沈黙を破って刊行された長編「ワイオミングの惨劇」で、1998年のことでした。


■作家ファイル■

本名
ロドニー・ホイテッカー(Rodney William Whitaker)
出身地
ニューヨーク州グランヴィル
学歴
歴史、英語、演劇の分野で学位を取得
更に内容分析技術の方法論の研究では博士号を取得
生没
1931年6月12日(1925年1月12日説あり)~2005年12月14日
作家としての経歴
1972
クラウン社より冒険小説「アイガー・サンクション」を発表して作家デビュー
1975
「アイガー・サンクション」がクリント・イーストウッド監督・主演で映画化される
1998
1983年の「バスク、真夏の死」から15年の沈黙を破って長編「ワイオミングの惨劇」を発表し話題となる
シリーズ探偵
ジョナサン・ヘムロック (Johnathan Hemlock)
代表作
「アイガー・サンクション」「シブミ」
「夢果つる街」

■著作リスト■

1 ジョナサン・ヘムロック登場作品リスト

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 アイガー・サンクション 1972 河出文庫('85)
TBS出版会 ワールド・スーパー・ノヴェルズ('75)
映画化('75)
2 ルー・サンクション 1973 河出文庫('88)

2 その他の作品

【長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 夢果つる街 1976 角川文庫(新装版)('98)
角川文庫('88)
2 シブミ 1979 早川文庫 NV1234・1235(新版)
早川文庫 NV1105・1106(新装版)
早川文庫 NV462・463
早川書房('80)
3 バスク、真夏の死 1983 角川文庫(新装版)('98)
角川文庫('86)
4 ワイオミングの惨劇 1998 新潮文庫('04)
5 The Crazyladies of Pearl Street 2005 -

【短編集】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Hot Night in the City 2000 - 1970年代から雑誌に発表してきた13編を収録

【未収録短編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Waking to the Spirit Clock 2003 -

【ニコラス・シアー名義の作品】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 1339 or So ...Being an Apology for a Pedlar 1975 -
2 Rude Tales and Glorious 1983 - ”アーサー王伝説の再話”という副題を持つパロディ集

【オムニバス】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Four Complete Novels 1984 - 「アイガー・サンクション」「ルー・サンクション」「夢果つる街」「シブミ」の4長編を収録

【編書】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Death Dance: Suspenseful Stories of the Dance Macabre 2002 -

【ノンフィクション】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 The Language of Film
映画の言語
1970 法政大学出版局 りぶらりあ選書('83) ロッド・ホイッタカー (Rod Whitaker) 名義

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