世界最初の現代型警察小説を発表した「警察小説の父」

USA ローレンス・トリート
(Lawrence Treat)

被害者のV
「被害者のV」
(1945年)
(早川書房)

 アメリカのミステリー作家。エド・マクベインの87分署シリーズの第1作「警官嫌い」(1956)やJ・J・マリックの「ギデオンの一日」(1955)を遡ること10年も前の1945年に「被害者のV」を発表しますが、この作品が世界最初の警察小説と位置づけられています。そのことから〈警察小説の父〉とも呼ばれている作家です。

 ちなみに現代風の警察小説というのは、ただ警察官が主人公の推理小説とは異なり、警察の「組織的」な捜査が主眼に置かれる作品のことを指します。

 この際によく用いられるのが〈モジュラー型〉と呼ばれる複数の事件を並行して捜査していき、最後に結末で一体となって衝撃の結末を迎えるという手法が用いられるもので、これはJ・J・マリックが最初に用い、イアン・ランキンのリーバス警部ものやR・D・ウィングフィールドのフロスト警部ものでも数多く用いられています。

 ニューヨークに生まれ、コロンビア大学で法律を学び、はじめは弁護士として活躍していましたが、1937年からパルプ雑誌として有名な〈ブラック・マスク〉誌に寄稿をはじめます。丁度レイモンド・チャンドラーとは入れ違いで、フランク・グルーバーとは同期でした。

絵解き5分間ミステリー
「絵解き5分間ミステリー」
(1981年)
(扶桑社)

 そして同じ年に最初の長編小説を本名で発表。更に1940年からは犯罪学者のカール・ウェイウォードが探偵役を務める長編を年一冊のペースで計4編刊行します。この当時からタイトルにアルファベットを用いる作品を発表していましたが、1945年になるとこれらを発展させて「被害者のV」という世界最初の警察小説と位置づけられる長編を発表しました。

 その後もこの長編で登場したミッチー・テイラーとジャブ・フリーマンのコンビが活躍し、タイトルにアルファベットが付けられた長編を数冊発表しますが、1960年を境にしてこれらのシリーズは書かれなくなります。これは同時代に活躍したミッキー・スピレインらのセックス&ヴァイオレンス派の台頭により、やや地味ではあるものの素朴で味わい深い作風が売りものであった作家たちが軒並み販売部数を落としてしまったことが原因らしく、トリートもその影響を受けた一人で、ミステリから恋愛小説に転向を余儀なくされていたのです。

 しかしシリーズの途絶を惜しんだエラリー・クイーンから、クイーンが編集を務める〈エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン(EQMM)〉で短編シリーズとして再開することを熱望されると、1964年の「獲物(ルート)のL」を皮切りとしてEQMMに短編作品を発表するようになります。

犯行現場へ急げ
「犯行現場へ急げ」
(1978年)
(ジョン・ボール編)
(早川書房)

 そして1965年には「殺人(ホミサイド)のH」でアメリカ探偵作家クラブ(MWA)の最優秀短編賞を受賞。これらの短編16編が1970年に短編集「P as in Police」という形でまとめられた他、20編ほどのシリーズ短編が残されています。

 アルファベットを題名に使うのは現代ではスー・グラフトンのキンジー・ミルホーンのシリーズがよく知られていますが、元々はトリートの専売特許でした。
もっともトリートの場合は全てのアルファベットが網羅されている訳でも順番に用いられている訳でもなく、また同じアルファベットが何回も使用されたりもしています。
ちなみに他にもレイ・ブラッドベリが「R Is for Rocket(宇宙船のウ)」(1962)と「S Is Space(スは宇宙(スペース)のス」(1966)という作品を発表しています。

 作家活動以外でもアメリカ探偵作家クラブ(MWA)の創立メンバーの一人でもあり、クイーンが初代会長を務めた際の副会長でもあり、やがて自身も会長に就任。気さくで誠実な人柄は誰からも好かれ人望も厚かったといいます。
  また会長当時には「ミステリーの書き方」の編纂にも携わり、その功績で1977年にはMWA賞の特別賞も受賞しています。


■作家ファイル■

本名
ローレンス・A・ゴールドストーン(Lawrence Arthur Goldstone)
出身地
アメリカ、ニューヨーク市
学歴
ダートマス大学及びコロンビア大学法学校卒
生没
1903年12月21日~1998年1月7日(94歳)
作家としての経歴
1930
パズルブック「Bringing Sherlock Home」を発表
1937
〈ディテクティヴ・フィクション・ウィークリー〉に処女短編「Shoe for Breakfast」を発表し、同年、処女長編「Run Far, Run Fast」を発表
1940
この年から1943年にかけて、犯罪学者のカール・ウェイウォードが探偵役を務める長編を年一冊のペースで計4編刊行
1945
世界初の警察小説の長編「被害者のV」を発表
1964
「獲物(ルート)のL」を皮切りとしてEQMMに短編作品を発表するようになる
1965
短編「殺人(ホミサイド)のH」でアメリカ探偵作家クラブ(MWA)の最優秀短編賞を受賞
1977
「ミステリーの書き方」の編纂に携わり、その功績でMWA賞の特別賞を受賞
シリーズ探偵
ミッチー・テイラー刑事&鑑識員ジャブ・フリーマン (Mitch Taylor & Jub Freeman)
犯罪学者カール・ウェイウォード(Carl Wayard, a professor of psychology)
代表作
「被害者のV」
「殺人(ホミサイド)のH」(短編)

■著作リスト■

1 ミッチ・テイラー&ジャブ・フリーマン登場作品リスト

2 犯罪学者カール・ウェイウォード登場作品リスト

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 B as in Banshee
(Wail for the Corpses)
1940 -
2 D as in Dead 1941 -
3 H as in Hangman 1942 -
4 O as in Omen 1943 -

3 その他の作品

【長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Run Far, Run Fast 1937 - 処女長編
2 The Leather Man
(The Leather Man Murders)
1944 -
3 Trial and Terror 1949 -
4 Venus Unarmed 1961 -
5 You're the Jury 1992 - Norbert Ehrenfreundとの合作

【その他の主な短編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 二度帰った道 1957 早川文庫89-4「ミニ・ミステリ100」('05)
早川文庫89-1「ミニ・ミステリ100(上)」('83)
2 Murder Me Twice
百年目の殺人
ヒッチコックマガジン'59.8
3 Suburban Tigress -
4 すばらしい裁判 1958 東京創元社「アメリカ探偵作家クラブ傑作選1」('61)
5 Another Day, Another Murder
フィッシュ・パトロール
1961 ヒッチコックマガジン'61.11
6 Family Code
トウキョウの殺人
1962 ヒッチコックマガジン'62.5
7 仮面の殺人 別冊宝石125('64)
8 Shoot a Friendly Bullet
流れ星
ヒッチコックマガジン'63.1
9 Change of Heart 1968 -
10 The Inside Story 1969 -
11 動機 早川文庫80-1「あの手この手の犯罪 アメリカ探偵作家クラブ傑作選1」('82)
HMM'69.12
12 用心深い男 早川文庫80-3「眠れぬ夜の愉しみ アメリカ探偵作家クラブ傑作選3」('82)
13 The Heart of the Case 1970 -
14 The Verdict -
15 An Incident in Hadson Hights
ハドソン・ハイツ事件
1971 HMM'71.5
16 Crime at Red Spit -
17 Jackpot -
18 The Mushroom Fanciers -
19 Wife Trouble 1972 -
20 The Haunted Portrait -
21 悪魔のおかえし 1973 早川文庫80-11「犯罪こそわが人生 アメリカ探偵作家クラブ傑作選9」('85)
22 神の恵み
(神は与え給う)
早川文庫89-4「ミニ・ミステリ100」('05)
早川文庫89-1「ミニ・ミステリ100(上)」('83)
HMM'74.12
チャールズ・M・プロッツとの合作
23 ろうそくの炎 1975 創元推理文庫200-1「風味豊かな犯罪」('80)
早川文庫80-2「レディのたくらみ アメリカ探偵作家クラブ傑作選2」('82)
HMM'77.5
24 Before It's Too Late -
25 キックの問題
(蹴りの殺人)
1977 早川文庫80-10「スペシャリストと犯罪 アメリカ探偵作家クラブ傑作選8」('84)
HMM'82.11
リチャード・ブロッツとの合作
26 くちびるは災いのもと 1980 早川文庫80-13「ショウほど素敵な犯罪はない アメリカ探偵作家クラブ傑作選11」('89)
27 A Matter of Witnesses -
28 A Matter of Skating -
29 The Wedding Present 1981 -
30 A Matter of Family 1982 -
31 A Matter of Thin Air 1983 -
32 無実の男 1992 EQ'92.9(89)
33 兄弟 EQ'95.1(103)
34 Tableau 1993 -
35 Perfect Shot
決定的瞬間
集英社「決定的瞬間」('78)
36 A Matter of Jurisdiction
境界線上の殺人
HMM'81.9
37 All in Good Taste
味がすべて
早川書房「ミステリ・ウェイヴ」('83)
HMM'82.6
38 The Arabella Plot
アラベラ殺し
早川文庫「新・読者への挑戦」('83)
39 Gazette
拾った町
HMM'86.8
40 Tennis Crowd
標的はテニス・ギャル
HMM'86.10
41 Twenty-Dollar Bet
借り
青弓社「殺人コレクション」('92)

【推理パズル集】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Bringing Sherlock Home 1930 -
2 "30" Manhattan East 1968 -
3 The Young Prey 1969 -
4 Finish Me Off 1970 -
5 絵解き5分間ミステリー
(クライム・パズル─24のピクチュア・ミステリー・ゲーム)
1981 扶桑社ミステリー0982('04)
TBS出版会('85)
6 絵解き5分間ミステリー
─証拠はどこだ
1982 扶桑社ミステリー1020('05)
7 A Special Kind of Crime -
8 Cluedo, Armchair Detective
アビントン・フリス村事件簿
 イラスト・ミステリー
1983 中央公論社('86)
9 You're the Detective!: 24 Solve-Them-Yourself Pictre Mysteries -
10 Crime and Puzzlement 3 1988 -
11 Crime and Puzzlement: My Cousin Phoebe. 24 Solve-Them-Tourself Picture Mysteries 1991 -  
12 Crime and Puzzlement: on Martha's Vineyard, Mostly.24 Solve-Them=Yourself Picture Mysteries 1993 -  

【編書】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Murder in Mind 1967 -
2 The Mystery Writer's Handbook
ミステリーの書き方
1976 講談社文庫('98)
講談社('84)
MWA賞特別賞('77)
3 スペシャリストと犯罪
 アメリカ探偵作家クラブ傑作選8
1982 早川文庫80-10

【エッセイ・評論その他】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 The Lunch Room Murder
ランチ食堂の殺人
1930 集英社「ミステリー雑学読本」('82) 推理パズル集1に所収
2 もう一度、よく考えて 1976 講談社文庫「ミステリーの書き方」('98)
講談社「ミステリーの書き方」('84)
ローレンス・トリート編
MWA賞の特別賞受賞
3 インディアンの統治する島 サンリオ「私は目撃者」('79)
4 ミステリー・ゲームの創作 集英社「ミステリー雑学読本」('82)

【参考】「被害者のV」(早川書房 ハヤカワポケットミステリ)
「EQ1995年1月号」(光文社)
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