人望厚いミステリ評論家

USA アントニー・バウチャー
(Anthony Boucher)
〔別名 H・H・ホームズ (H. H. Holmes)〕

ゴルゴダの七
「ゴルゴダの七」
(1937年)
(東京創元社)

 アメリカ黄金時代の本格作家ですが、それよりもむしろミステリ評論家として、そして編集者として有名な人物です。

 ハードボイルドやスパイ、サスペンス小説が台頭し、本格作家が勢力を弱めつつあるアメリカにおいて、クレイトン・ロースン、ランドル・ギャレット、ハーバート・ブリーンらとともにその最後を飾った作家の一人で、作風はディクスン・カー風の密室犯罪・不可能犯罪ものといえます。
全部でバウチャー名義で5作、H・H・ホームズ名義で2作の長編を発表しています。

 カリフォルニア州のオークランドに生まれ、本人は劇作家志望で学生時代から演劇活動を積極的にしていました。またその一方で、語学が非常に得意だったらしく、フランス語、スペイン語、ポルトガル語を習得して、小説の英訳もしていたといいます。

 さらに小説の勉強も若い頃から熱心に取り組み、16歳のときにはすでにゴーストストーリーのパロディ小説「Ye Goode Olde Ghoste Storie」を書き上げ、ウィアード・テイルズ誌に投稿して掲載されていたそうです。

シャーロキアン殺人事件
「シャーロキアン殺人事件」
(1940年)
(社会思想社)

 大学卒業の後は地元の新聞で演劇と音楽の評論をしていましたが、それだけでは生計が立たなかったことから探偵小説を書くことを思いついたらしく、そのような経緯で発表されたのが1937年発表の長編「ゴルゴダの七」でした。

 もっともミステリー作家としての活動期間は短いもので、37年の処女長編「ゴルゴダの七」の発表から1942年の「The Case of the Seven Sneezes」まで、計7作の長編といくつかの中短編を発表しています。

 その後は〈サンフランシスコ・クロニクル〉紙にミステリとSFの評論を連載していましたが、それが黄金時代の巨匠エラリー・クイーンの目に止まって、1940年代後半から〈エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン(EQMM)〉でもミステリ書評を担当し始めます。(1948~50年、1957~68年の間)

 その対象も本格ものに限らず、初めてダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラー、そしてロス・マクドナルドらのハードボイルド作品にもしっかりと正当な位置づけをするなど、評論家として数多くの功績を残しています。

タイムマシンの殺人
「タイムマシンの殺人」
(1955年)
(論創社)

 バウチャーの書評は見識があり細やかで神経が行き届いており、常に新人作家の作品を暖かい目で推奨し、またその思いやりのある公平かつ偏らない批評は作家・読者の間でも高く評価されていました。
 この点についてはアメリカ・ミステリ協会から三度ミステリ評論賞を受賞していることからも彼の才能を窺い知ることができます。

 惜しくも1968年に56歳の若さで亡くなりますが、彼の死後、彼の人柄を慕んで、世界中のミステリ作家やファンが毎年集まる〈バウチャー・コン〉という集会が開かるようになったのは有名な話です。

 またそのバウチャー・コンを契機に彼の業績を称えて「増殖する悪事」という評論集が500部限定の私家版として刊行されました。その他にもアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞に彼の名前を冠した〈アンソニー〉賞が設けられています。


■作家ファイル■

本名
ウィリアム・アントニー・パーカー・ホワイト(William Anthony Parker White)
出身地
アメリカ、カルフォルニア州オークランド
学歴
南カリフォルニア大学卒、カリフォルニア大学バークレー校で修士号取得
生没
1911年8月21日~1968年4月29日(56歳)
作家としての経歴
1927
15歳の時に投稿したホラー短編「Ye Goode Olde Ghoste Storie」が〈ウィアード・テールズ〉の1月号に掲載される
1937
最初の長編「ゴルゴダの七」を発表
以後その後1942年までに、バウチャー名義で5編、H・H・ホームズ名義で2編の長編を発表する
1942
この年から5年間、〈サンフランシスコ・クロニクル〉紙にてミステリ・SFの評論を担当した後、エラリー・クイーンの要請を受けて1948年~50年、1957年~68年の間、〈EQMM〉にて新刊ミステリ批評を担当する
1951
アメリカ探偵作家クラブ(MWA)の会長に就任
シリーズ探偵
ファーガス・オブリーン (Fergus O'Breen)
シスター・アーシュラ(ウルスラ修道尼) (Sister Maria Ursula)(H・H・ホームズ名義)
探偵ニック・ノーブル (Nick Noble)
代表作
【シスター・アーシュラ】
「密室の魔術師」
【ノンシリーズ】
「シャーロキアン殺人事件」

■著作リスト■

1 ファーガス・オブリーン登場作品リスト

【長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 トランプ殺人事件 1939 学研 中学三年コース'63.11第3付録 中学生名作文庫(抄訳)
2 The Case of the Solid Key 1941 -
3 The Case of the Seven Sneezes 1942 -

【番外】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 シャーロキアン殺人事件 1940 現代教養文庫 ミステリ・ボックス3045 姉のモーリーンが登場する番外編

【短編集】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 タイムマシンの殺人 1955 論創社 ダーク・ファンタジー・コレクション3('06) ファーガス1編他全11編、邦訳は中編「たぐいなき人狼」追加収録
1 タイムマシンの殺人 1943
2 The Compleat Werewolf and Other Stories of Fantasy & SF
(たぐいなき人狼)
1969 -
1 たぐいなき人狼 1942 論創社 ダーク・ファンタジー・コレクション3「タイムマシンの殺人」('06)
2 ピンクの芋虫 1945 講談社文庫「SFミステリ傑作選」('80)
HMM'72.3
3 Exeunt Murderers : The Best Mystery Stories of Anthony Boucher 1983 - フランシス・M・ネヴィングJr.&マーティン・H・グリーンバーグ編
ノーブル9編、ウルスラ2編他全22編
1 決め手 1960 創元推理文庫104-24「ミニ・ミステリ傑作選」('75)
HMM'71.6
4 The Compleat Boucher: The Complete Short Science Fiction and Fantasy of Anthony Boucher 1999 - James A. Mann編
全45編
1 The Chronokinesis of Jonathan Hull 1946 -
2 Gandolphus 1956 -

【邦訳中短編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Public Eye
パブリック・アイ
1953 HMM'70.5
2 The Clue of the Knave of Diamonds
ダイヤのジャック
1963 HMM'68.9-10 長編1のショートバージョン

2 シスター・アーシュラ(ウルスラ修道尼)登場作品リスト

3 探偵ニック・ノーブル登場作品リスト

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Exeunt Murderers : The Best Mystery Stories of Anthony Boucher 1983 - フランシス・M・ネヴィングJr.&マーティン・H・グリーンバーグ編
オブリーン1編、ウルスラ2編他全22編
1 Screwball Division
スクリューボール課
1942 HMM'84.7
2 QL 696.C9 1943 創元推理文庫169-2「暗号ミステリ傑作選」('80)
番町書房 イフノベルス「世界暗号ミステリ傑作選」('77)
3 Black Murder
闇の殺人
別冊宝石91('59)
4 Death of a Patriarch -
5 Rumor, Inc. 1945 -
6 The Punt and the Pass -
7 パルミエリ伯のように
(殺人アンコール)
1946 HPB254「名探偵登場5」('61)
EQMM'58.12
8 Crime Must Have a Stop 1951 -
9 怪物に嫁いだ女 1954 光文社文庫「世界ベスト・ミステリー50選/上」('94)
EQ'91.9

4 その他の作品

【長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 ゴルゴダの七 1937 東京創元社 世界推理小説全集72('58) 探偵役アシュウィン
2 The Marble FoRest
(The Big Fear)
1951 - 合作
テオ・デュラント名義

【短編集】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 タイムマシンの殺人 1955 論創社 ダーク・ファンタジー・コレクション3('06) ファーガス1編他全11編、邦訳は中編「たぐいなき人狼」追加収録
1 先駆者 1952 講談社「三分間の宇宙」('81) SF
2 噛む
(やつらは噛む)
1943 角川文庫「怪奇と幻想1 吸血鬼と魔女」('75)
岩崎書店 恐怖と怪奇名作集7「墓場から帰る」('99)
別冊宝石108('61)
3 悪魔の陥穽
4 わが家の秘密 1953
5 もうひとつの就任式
(就任式以後)
(もう一つの就任式)
早川SFシリーズ「宇宙恐怖物語」('62)
東京元々社・宇宙科学小説シリーズ「宇宙恐怖物語」('57)
SF
6 火星の預言者 1954
7 書評家を殺せ 1949 H・H・ホームズ名義
8 人間消失
(もぬけのからの殺人)
1952 HMM'95.5
9 スナルバグ
(スナル虫)
1941 HMM'69.5
10 星の花嫁 1951 講談社「三分間の宇宙」('81)
別冊宝石127('64)
スリラー
2 The Compleat Were Wolf and Other Stories of Fantasy & SF
(たぐいなき人狼)
1969 -
1 Q.U.R..
Q・U・R
1943 早川SFシリーズ「時間と空間の冒険No.2」('73)
SFマガジン'62.8
ロボットもの
2 Mr. Lupescu
怪人ルペスキュ氏
(ミスタ・ルペスキュ)
1945 講談社文庫「世界ショートショート傑作選2」('79)
講談社「ミニミニSF傑作展」('83)
HMM'67.3
ウェアードテイルズ
H・H・ホームズ名義
3 Ghost of Me
私の幽霊
1942 早川書房 異色作家短篇集「壜づめの女房」
宝石'60.12(15-14)
3 Exeunt Murderers : The Best Mystery Stories of Anthony Boucher 1983 - フランシス・M・ネヴィングJr.&マーティン・H・グリーンバーグ編
オブリーン1編、ウルスラ2編、ノーブル9編他全22編
1 Threnody
(Death Can Be Beautiful)
1952 -
2 Design for Dying
殺しの設計書
1941 EQ'84.3
3 クリスマスの盗難 1943 HPB729「EQMMアンソロジー II 」('62)
4 Code Zed
ゼッド暗号
1944 講談社文庫「世界スパイ小説傑作選2」('78)
5 Trick-or-Treat
ハロウィーンの殺人
1945 徳間文庫「恐怖のハロウィーン」('86) ミステリ
6 The Catalyst
(The Numbers Man)
-
7 You Can Get Used to Anything
何にだって馴れる
(職業は人殺し)
1947 立風書房「現代アメリカ推理小説傑作選1」('80)
HMM'67.7
8 たばこの煙の充満する部屋 1968 早川文庫277-1「密室殺人傑作選」('03)
HPB1161「密室殺人傑作選」
9 The Statement of Jerry Malloy
ジェリー・マロイの供述
1955 HPB1824「新・幻想と怪奇」
講談社文庫「世界ショートショート傑作選2」('79)
HMM'70.10
10 学問の問題 東京創元社「アメリカ探偵作家クラブ傑作選1」('61)

【アンソロジー・オムニバス】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 The Compleat Boucher: The Complete Short Science Fiction and Fantasy of Anthony Boucher 1999 - James A. Mann編
再収録作品含む全45編

【その他の邦訳中短編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 高名なペテン師の冒険 1944 早川文庫2-38「シャーロック・ホームズの災難/上」('84)
HMM'82.7
シャーロック・ホームズのパスティーシュ
2 おばけオオカミ事件 1949 論創社 論創海外ミステリ61「シャーロック・ホームズの栄冠」('07) シャーロック・ホームズのパロディ
3 The Quest for Saint Aquin
聖者をたずねて
1951 SFマガジン'71.11
4 九本指のジャック 早川文庫80-1「あの手この手の犯罪 アメリカ探偵作家クラブ傑作選1」('82)
HMM'68.9
別冊奇想天外13('81)
エスクイール
5 The Ambassadors
大使
1952 早川SFシリーズ「宇宙の妖怪たち」('58)
6 テルト最大の偉人
(タート最大の偉人)
講談社文庫・河出文庫「ホームズ贋作展覧会」('89)
ソノラマ文庫「地球への侵入者」('84)
HMM'67.3
シャーロック・ホームズのパスティーシュ
7 Mary Celestial
宇宙のマリー・セレスト号
1955 講談社文庫「講談社1ダースの未来」('83) ミリアム・アレン・ディフォードとの合作SF
8 Nellthu
悪魔飼育法
講談社「ミニミニSF傑作展」('83)
HMM'69.7
SF
9 A Kind of Madness
気ちがいざた
1972 HMM'74.11

【評論・エッセイその他】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Ellery Queen : A Double Profile 1951 - 評論
2 MUltiplying Villainies
(増殖する悪事)
1973 - 評論集
500部限定の私家版
3 ヴァン・ダインを評する 原書房「名探偵の世紀」('99)
4 Torojan Horse Opera
トロイの木馬劇
─第二次大戦前後のスパイ小説
成甲書房「ミステリの美学」('03) 評論
5 輝かしきEQMMの歴史 EQMM'61.10 コラム
6 あなたもミステリ作家になれる
第一講  どんな種類の推理小説が受けるか?/日本のミステリ界
EQMM'63.7 コラム
7 あなたもミステリ作家になれる
第五講  あなたと書評と書評家と
EQMM'63.11 コラム

【参考】「シャーロキアン殺人事件」(社会思想社 現代教養文庫)
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