〈探偵小説〉から〈犯罪小説〉へ

UK ジュリアン・シモンズ
(Julian Gustave Symons)

犯罪の進行
「犯罪の進行」
(1960年)
(早川書房)

 イギリスの推理小説家でミステリ評論家として、そしてシャーロック・ホームズの生みの親のコナン・ドイルの研究家としても非常に有名な人物です。

 ロンドンに生まれ学問を修めた後は速記タイピスト、エンジニアリング会社の秘書、広告コピーライターなどの仕事を経て1937年から詩の雑誌〈20世紀の詩〉を刊行して若手詩人の育成に務めたり詩集の刊行を手がけます。

 そして1947年から〈マンチェスター・イヴニング・ニューズ〉紙、次いで〈サンデー・タイムズ〉紙の文芸欄で文芸批評をしながらディケンズやカーライル、ポオの評伝なども手がけます。

 その間作家としても活躍を始め、1945年の「非実体主義殺人事件」でデビューした後、4作目の「二月三十一日」で作家としての地位を確立しました。

 その後も1957年に「殺人の色彩」でイギリス推理作家協会(CWA)賞のゴールド・ダガー賞を、1960年に発表した「犯罪の進行」でCWA賞のシルヴァー・ダガー賞とアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の最優秀長編賞を受賞するなどの活躍を見せます。

ブラッディ・マーダー 探偵小説から犯罪小説への歴史
「ブラッディ・マーダー 探偵小説から犯罪小説への歴史」
(1972年)
(新潮社)

 彼の作風はデビュー当初はブランド警部を主人公とした謎解き中心の本格もの、いわゆる〈探偵小説〉が主流でしたが、次第に作風を変え、探偵ではなく犯罪者を主人公に据えて、その犯罪の計画・実行・逃走や犯罪過程における犯人の心理状態などをリアルに描き出す、いわゆる〈犯罪小説〉へと変貌を遂げていきます。

 こういった彼の作品では犯罪の結果よりも犯罪の過程が重視され、事件が起きないケースもあり、シモンズ作品の一つの特徴を現わしています。

 評論家としても非常に名高く、新聞や雑誌の書評欄などを担当する一方で、彼の作風を体現したともいえる1972年発表の犯罪小説論「ブラッディ・マーダー 探偵小説から犯罪小説への歴史」を発表。その中で探偵小説から犯罪小説への移行は歴史的必然であると主張し、アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の特別賞を受賞しています。

 他にもコナン・ドイルの研究書「コナン・ドイル」やシャーロック・ホームズ、エルキュール・ポアロなどの世界的に有名な7人の探偵たちの研究の成果を発表した短編集「知られざる名探偵物語」なども残していて、その見識の広さが窺がわれます。

知られざる名探偵物語
「知られざる名探偵物語」
(1981年)
(早川書房)

 またイギリス推理作家協会(CWA)の創立メンバーとしてCWA創設にも尽力し、1958年から59年にかけてはCWAの会長にも就任、「13の判決」のなどのアンソロジーの編纂にも携わっています。

 そしてこれら長年の作家・評論活動などの功績に対して1982年にはアメリカ探偵作家クラブ(MWA)から巨匠賞が、1990年にはイギリス推理作家協会(CWA)からダイヤモンド・ダガー賞が贈られています。


■作家ファイル■

出身地
イギリス、ロンドン
生没
1912年5月30日~1994年
作家としての経歴
1945
「非実体主義殺人事件」でミステリ作家としてデビュー
1957
長編「殺人の色彩」でイギリス推理作家協会(CWA)賞のゴールド・ダガー賞(当時はクロスド・レッド・へリング賞)を受賞
1958
イギリス推理作家協会(CWA)の会長に就任
1960
長編「犯罪の進行」でイギリス推理作家協会(CWA)賞のシルヴァー・ダガー賞を、翌1961年、アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の最優秀長編賞を受賞
1982
アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の巨匠賞を受賞
1990
イギリス推理作家協会(CWA)賞のダイヤモンド・ダガー賞を受賞
シリーズ探偵
ブランド警部 (Inspector Bland)
クランボー警部 (Instpector Crambo)
フランシス・クォールズ (Francis Quarles)
シェリダン・へインズ (Sheridan Haynes)
代表作
「ねらった椅子」「殺人の色彩」「犯罪の進行」
「知られざる名探偵物語」
「クリミナル・コメディー」

■著作リスト■

1 ブランド警部登場作品リスト

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 非実体主義殺人事件 1945 論創社 論創海外ミステリ85('09) シモンズのデビュー作
2 A Man Called Jones
(ジョーンズという名の男)
1947 -
3 Bland Beginning
(おだやかな発端)
1949 -

2 クランボー警部登場作品リスト

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 ねらった椅子
(狙った椅子)
1954 創元推理文庫148-1
東京創元社 クライム・クラブ4('58)
2 The Gigantic Shadow
(The Pipe Dream)
1958 -

3 フランシス・クォールズ登場作品リスト

【短編集】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Murder! Murder! 1961 -
1 The Wimbledon Mystery
ウィンブルドン・テニスの謎
1961 EQMM'65.2
2 Test Match Murder -
3 Murder on the Race Course
グランド・ナショナル・レースの殺人
1956 HMM'67.1
4 The Case of XX-2
XX-2事件
1951 HMM'67.4
5 The Unhappy Piano Tuner -
6 A Pearl Among Women 1961 -
7 Credit to Shakespeare
讃うべし、シェークスピア
EQMM'65.3
8 The Hidden Clue
隠れた手がかり
HMM'96.12
9 The Wrong Hat -
10 The Abent-Minded Professor -
11 Each Man Kills -
12 Time for Murder
(The Humdrum Murder)
1961 -
13 Cat and Mouse
猫とねずみ
EQMM'59.9
14 Picture Show -
15 魔術のように
(神隠し)
(神かくし)
1961 早川文庫80-9「密室大集合 アメリカ探偵作家クラブ傑作選7」('84)
創元推理文庫104-24「ミニ・ミステリ傑作選」('75)
EQMM'64.5
16 Airport Incident -
17 The Plaster Pekingese Comedy in Venice -
18 The Invisible Poison -
19 Little Man Lost -
2 Francis Quarles Investigates 1965 - 全15編
1 Strolling in the Square One Day
ある日、広場で
1962 EQMM'62.7
2 Out of the Mouths
みどりごの口からも
HMM'95.3
3 The Santaclaus Club
サンタクロース・クラブ
1960 HMM'73.12

【アンソロジー・オムニバス】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 The Detections of Francis Quarles 2006 -

4 シェリダン・へインズ登場作品リスト

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 シャーロック・ホームズの復活 1975 新潮文庫('76)
2 The Kentish Manor Murders 1988 -

5 その他の作品

【長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 二月三十一日 1950 HPB129
2 The Broken Penny
(半かけ銅貨)
1953 -
3 紙の臭跡 1956 HPB742
4 殺人の色彩 1957 HPB809 CWA賞ゴールド・ダガー賞('57)
5 犯罪の進行 1960 HPB677 CWA賞シルヴァー・ダガー賞('60)
MWA賞長編賞('61)
6 ある殺人の肖像 1962 HPB986
7 月曜日には絞首刑 1964 HPB885
8 The Belting Inheritance 1965 -
9 自分を殺した男 1967 論創社 論創海外ミステリ53('06)
10 The Man Whose Dreams Came True 1968 -
11 The Man Who Lost His Wife 1970 -
12 The Players and the Game 1972 -
13 殺人計画 1973 新潮文庫('78)
14 The Blackheath Poisonings 1978 -
15 Sweet Adelaide 1980 -
16 The Detling Murders 1982 -
17 The Name of Annabel Lee 1983 -
18 クリミナル・コメディ 1985 扶桑社ミステリー('91)
サンケイ文庫('87)
19 Death's Darkest Face 1990 -
20 Something Like a Love Affair 1992 -
21 Bogue's Fortune 1994 -
22 Playing Happy Families 1995 -
23 A Sort of Virtue 1996 -

【短編集】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Notes from Another Country 1972 -
2 How to Trap a Crook 1977 - エラリー・クイーン編
全13編
1 人格の実験 1971 早川文庫80-5「殺人心理学/上 アメリカ探偵作家クラブ傑作選5」('82)
2 The Tiger's Stripe
街の野獣
1965 EQMM'65.8
3 The Woman Who Loved a Moter-Car
モイラー─車を愛した女
HMM'84.4
4 A Theme for Hyacinth
花言葉は……悲哀
1967 HMM'70.5
5 Eight Minutes to Kill
殺人への八分間
1957 HMM'76.8
6 Twixt the Cup and the Lip
お茶と唇のあいだ
1963 EQMM'65.11
7 Pickup on the Dover Road
ドーヴァー街道で拾った男
1972 HMM'72.11
3 知られざる名探偵物語 1981 早川文庫127-1
1 ホームズの隠遁生活はいかに妨げられたか? シャーロック・ホームズ
2 ミス・マープルとセント・メアリ・ミード村 HMM'86.4 ミス・マープル
3 その後のネロ・ウルフ
─アーチー・グッドウィンの記憶をたどって
ネロ・ウルフ
4 二人のエラリイ・クイーンの秘密 HMM'86.2 エラリー・クイーン
5 メグレと盗まれた書類 HMM'86.3 メグレ警視
6 エルキュール・ポアロの生涯
─アーサー・ヘイスティングズ大尉のノートに基づく
エルキュール・ポアロ
7 フィリップ・マーロウはいかにして誕生したか HMM'86.6 フィリップ・マーロウ
4 The Tigers of Subtopia 1982 - 全11編
1 かも 1956 東京創元社「15人の推理小説」('60)
2 春咲く花 1979 光文社文庫「世界ベスト・ミステリー50選/下」('94)
3 The Boiler
ザ・ボイラー
EQ'80.7
EQ'97.11
4 The Murderer
殺人者
HMM'89.6
5 The Last Time
情事の終りに
1971 HMM'83.8
6 The Flaw
手ぬかり
(疵)
1979 早川文庫「誰にでもある弱味」('82)
HPB「現代イギリス・ミステリ傑作集2」('88)
扶桑社ミステリー「スカーレット・レター」('93)
7 Value for Money
金に見合う価値
1980 EQ'84.7
5 The Man Who Hated Television 1995 -
1 The Man Who Hated Television
テレビを憎んだ男
1994 扶桑社ミステリー「馬に乗ったケラー」('98)
2 In the Bluebell Wood
ブルーベルの森で
バベル・プレス「本の殺人事件簿─ミステリ傑作20選2」('01)
3 アルカディアの有名人 1989 EQ''90.1(73)
4 Has Anybody Here Seen Me ?
ぼくを見たことのある人いませんか?
1987 早川文庫「ポメラニアン毒殺事件」('89)
5 The Birthmark
あざ
1985 早川文庫「秘密の恋人」('86)
EQ'86.7
6 マグレガー氏を待ちながら
(マグレガーを待ちながら)
1979 講談社文庫「13の判決」('81)
EQ'79.7(10)
7 手品 1990 EQ'9275(88)
8 The Dream is Better
夢のほうがまし
1982 早川文庫「沼地の蘭」('84)
9 The Borgia Heirloom 1987 -
10 Did Sherlock Holmes Meet Hercule─?
ホームズ対ポアロ
小説新潮'87臨時増刊
11 メイヘム・パーバの災厄 1990 早川文庫ミステリアス・プレス46「クリスティーに捧げる殺人物語

【邦訳短編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 The Dupe
餌食
1956 HMM'78.10
2 An Accident
事故
HMM'81.9
3 見えない男 サンリオ「私は目撃者」('79) 犯罪実話

【編書】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Great Detectives: Seven Original Investigations 1981 -

【詩集】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Confusion About X 1938 -
2 The Second Man 1944 -

【評伝】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Charles Dickens 1951 - チャールズ・ディケンズの評伝
2 Thomas Carlyle; The Life and Ideas of a Prophet 1952 - トマス・カーライルの評伝
3 告げ口心臓:
 E・A・ポオの生涯と作品
1978 東京創元社('81) エドガー・アラン・ポオの評伝
4 コナン・ドイル 1979 創元推理文庫100-6
東京創元社('84)
コナン・ドイルの評伝

【エッセイ・評論その他】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 A.J.A. Symons: His Life and Speculation 1950 - 伝記
2 ブラッディ・マーダー
 探偵小説から犯罪小説への歴史
1972 新潮社('03) 評論
MWA賞特別賞
3 謎ときの女王 1977 早川書房「アガサ・クリスティー読本」('78) 評論
4 シモンズ、チャンドラーを語る HMM'74.5 評論
5 マーロウの犠牲者 パシフィカ 名探偵読本「ハードボイルドの探偵たち」('79) 評論
6 法律を守るべきか 講談社「シャーロック・ホームズを読む」 評論
7 夢の追求者、パルプとめぐりあう 早川書房「レイモンド・チャンドラー読本」('88) エッセイ
8 サンデー・タイムズ・ベスト100 文春文庫「探偵たちよスパイたちよ」('91)

【参考】「二月三十一日」(早川書房 ハヤカワポケットミステリ)
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