フランスを代表する合作ミステリのコンビ

FRA ボアロー&ナルスジャック
(Boileau-Narcejac)

大密室
「大密室」
(「三つの消失」
「死者は旅行中」所収)
(晶文社)

 戦後のフランス・ミステリー界を代表するサスペンス小説家で、それ以前からそれぞれがミステリー作家として活躍していたピエール・ボアローとトーマ・ナルスジャックの二人が1952年になって結成した合作チームの筆名です。

 1952年に第1長編の「悪魔のような女」を発表して以来、ボアロー、ナルスジャック名義で21の長編と4つの中短編集を発表し、他にも怪盗紳士アルセーヌ・ルパンのパスティーシュや子供向けのジュヴナイル作品、そして推理小説の評論など、幅広い分野で作品を残しています。

 ちなみに二人が合作した作品はトリックを主体とし、それに心理的な恐怖感・サスペンス感を徐々に加えていき、ラストに意外な結末を用意しているという、手の込んだ丁寧かつ綿密な物語構成を持つという特色を有しています。

 ピエール・ボアローはフライスの推理小説家で、パリに生まれ商業学校を卒業の後受刑者たちの更生事業に携わり、その時得た犯罪者や監獄についての体験・知識をもとに推理小説を書き始めたといいます。

悪魔のような女
「悪魔のような女」
(1952年)
(早川書房)

 ボアロー単独作品の作風は、まさしく本格中の本格で、不可能犯罪・密室もののミステリが多く、長編作品の大半には密室マニアの私立探偵アンドレ・ブリュネルが登場します。
 そして1938年にはブリュネルものの長編「三つの消失」でフランス冒険小説大賞を受賞しています。またその他にラジオドラマの脚本の仕事もしていたようです。

 トーマ・ナルスジャックはフランスの推理小説家で、元々は大学教授でしたがフランスを代表する作家ジョルジュ・シムノンを敬愛していたといわれ、1945年サマ・マロでの休暇中にそのシムノンのパスティーシュを書いたのがミステリ作家になったきっかけだと言われています。

 その後1948年に発表した長編「死者は旅行中」でフランス冒険小説大賞を受賞し、他にも古今東西の名探偵やフランスの作家たちの作品の文体までそっくり真似て書いたパロディ集「贋作展覧会」でも有名になりました。

 また評論家としても活躍していて、「探偵小説の美学」や「読ませる機械=推理小説」などの著書を残しています。

ウネルヴィル城館の秘密
「ウネルヴィル城館の秘密」
(1973年)
(新潮社)

 二人の出会いのきっかけはボアローがナルスジャックの推理小説論を読んで感銘を受け、手紙を出したことだったといいます。そして1948年、ナルスジャックの「死者は旅行中」の冒険小説大賞受賞記念パーティの席上で二人は運命的に出会い、その後も熱心に意見交換をした後合作コンビを組もうという話になり、1952年ついに合作チーム結成に至ったのでした。

 合作方法についてはテーマを決めて二人が充分に話し合った後、ボアローが筋書きを考えて、ナルスジャックがそれを元に全体を執筆するというやり方であったと言われています。


■作家ファイル■

本名
・ピエール・ボアロー (Pierre Prosper Boileau)
・トーマ・ナルスジャック (Thomas Narcejac)
 →ピエール・アイロー (Pierre Ayraud)、ペンネームの由来は彼が青春時代を過ごした二つの村、右岸のサン・トーマと左岸のナルスジャックから。アイローは当時大学教授だったため本名の使用を躊躇したらしい
出身地
フランス
・ボアロー パリ、ピガール地区(モンマルトルの丘にある)
・ナルスジャック ロシュフォール・シュル・メール
生没
・ボアロー 1906年4月28日~1989年1月16日
・ナルスジャック 1908年7月3日~1998年6月9日
作家としての経歴
1934
「震える石」ともう一作品でピエール・ボアローが本格推理作家としてデビューを果たす
1938
ピエール・ボアローが長編「三つの消失」でフランス冒険小説大賞を受賞
1945
トーマ・ナルスジャックがジョルジュ・シムノンのパスティーシュを書き推理小説家として活動を開始
1948
トーマ・ナルスジャックが長編「死者は旅行中」でフランス冒険小説大賞を受賞。その受賞記念パーティの席上で二人は始めて出会う
1952
ボアローとナルスジャックの二人が長編「悪魔のような女」で合作開始、以後21の長編と4中短編集を発表
1964
推理小説の歴史と諸問題についての評論「推理小説論」を発表
1979
最終長編「銀のカード」を発表しベストセラーに
シリーズ探偵
ボアロー&ナルスジャック名義作品ではなし(これが二人の決まり事だったらしい)
怪盗紳士アルセーヌ・ルパン (アルセーヌ・ルパン名義)
少年探偵サン・ザトゥ (Sans Atout)(ボアロー&ナルスジャック、ジュヴナイル)
私立探偵アンドレ・ブリュネル(Andre Brunel) (ピエール・ボアロー単独名義)
代表作
【ボア・ナル名義】
「悪魔のような女」「死者の中から」「女魔術師」
「呪い」「私のすべては一人の男」「銀のカード」
【ボアロー名義】
「三つの消失」(アンドレ・ブリュネル)
【ナルスジャック名義】
「死者は旅行中」
「贋作展覧会」(パロディ集)
ランキング
EQアンケート60位

■著作リスト■

─ボアロー&ナルスジャック名義─

表記は早川書房は「ボアロー、ナルスジャック」で東京創元社は「ボワロ&ナルスジャック」

1 ボアロー&ナルスジャック名義の作品

【長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 悪魔のような女 1952 早川文庫31-3
HPB130
早川書房 世界ミステリ全集9('73)
合作チーム結成後初長編
アンリ=ジョルジュ・クルーソーにより映画化
2 影の顔 1953 早川文庫31-1
HPB435
3 死者の中から
(めまい)
1954 早川文庫31-2
HPB278
パロル舎('00)
アルフレッド・ヒッチコック監督により「めまい」の題名で映画化('58)
4 牝狼 1955 東京創元社 現代推理小説全集14('57)
東京創元社 世界名作推理小説大系「牝狼/死刑台のエレベーター/藁の女」('62)
5 女魔術師 1957 創元推理文庫141-1
6 技師は数字を愛しすぎた 1958 創元推理文庫141-7(新版)
創元推理文庫141-2
7 思い乱れて 1959 創元推理文庫141-3
8 呪い 1961 創元推理文庫141-4
9 仮面の男 1962 創元推理文庫141-5
10 犠牲者たち 1964 創元推理文庫141-6
11 私のすべては一人の男 1965 早川書房('67)
12 死はいった、おそらく…… 1967 HPB1140
13 海の門 1969 HPB1124
14 嫉妬 1970 HPB1233
15 砕けちった泡 1972 HPB1217
16 殺人はバカンスに 1973 HPB1253
17 わが兄弟、ユダ 1974 HPB1330
18 すりかわった女 1975 HPB1314
19 ひそむ罠 1976 HPB1399
20 野獣世代 1978 HPB1404
21 銀のカード 1979 HPB1364

【中短編集】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 魔性の眼 1956 HPB349
1 魔性の眼
2 眠れる森にて
2 青列車は13回停る 1966 HPB1042
HMM'67.3-'67.7
チーム結成13作品目
1 非常警報 パリ
2 最後の手紙 ディジョン
3 掌中の取引 リヨン
4 襲われた帰還 マルセイユ
5 奇術 トゥーロン
6 余分の弾丸 サン・ラファエル
7 人は一度しか勝てない カンヌ
8 不意打ち アンティーブ
9 十一号船室 ニース
10 ボーリュウ
11 告白 モナコ
12 危険な夫 モンテカルロ
13 逃亡者 マントン
3 1969 HPB1137
1 譫妄
2
4 ちゃっかり女 1972 HPB1245
気ちがいども
1 偏執狂
2 神経症
3 不安定徴候
4 精神異常
5 乖離症
あらくれ者たち
6 矢込め銃
7 三人の被疑者 HMM'73.2
8 森の犯罪
9 故伯爵殿
10 別の女
11 サーカスに死す
12 疥癬かき羊 HMM'74.2
凄いやつら
13 通り魔
14 トト HMM'73.10
15 ふつうの男 HMM'73.10
16 闇市のころ HMM'73.10
17 ある犯人
……そして、ほかの連中
18 ちゃっかり女 HMM'73.4
19 相手の女
20 後悔
21 むこう岸
22 願掛け
23 女豹 HMM'73.5
24 かわり猫 HMM'73.3

【邦訳短編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Le chien

(狼犬)
早川文庫「街中の男」('85)
EQ'81.11
HMM'73.1
2 Le Buste de Beethoven
ベエトオヴェンの胸像
HMM'75.8
3 Le corbeau
HMM'76.6
4 Un garçon sur la route
路上の若者
HMM'76.11
5 身替り死体 HMM'80.8
6 すばらしき誘拐 HMM'81.2
7 Le Dernier Mot
最後に笑う者
HMM'89.12
8 Mademoiselle Maud
マドモアゼル・モー
EQ'94.1
9 サットン・プレイスの謎 1965 EQ'96.7(112) ミス・マープルのパスティーシュ
10 La derniére tentation
最後の誘惑
HMM'97.3
11 カーニバルの殺し屋 EQ'98.9(125)
12 À une heure près...
一時間の誤差
HMM'03.7
13 暴かれた墓、あるいはル・マンの二十四時間 HMM'06.11

2 怪盗紳士アルセーヌ・ルパン登場作品リスト(新ルパン冒険シリーズ)

【長編】

ポプラ社版は全てジュヴナイル

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 ウネルヴィル城館の秘密
(悪魔のダイヤ)
1973 新潮文庫('74)
ポプラ社 怪盗ルパン全集26
アルセーヌ・ルパン名義
2 バルカンの火薬庫
(ルパンと時限爆弾)
1974 新潮文庫('75)
ポプラ社 怪盗ルパン全集27
アルセーヌ・ルパン名義
3 アルセーヌ・ルパンの第二の顔
(ルパン二つの顔)
1975 新潮文庫('76)
ポプラ社 怪盗ルパン全集28
アルセーヌ・ルパン名義
4 ルパン、100億フランの炎
(ルパンと殺人魔)
1977 サンリオ('79)
ポプラ社 怪盗ルパン全集29
5 ルパン危機一髪 1979 ポプラ社 怪盗ルパン全集30

【短編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Arsène Lupin dans la gueule du loup
罠にかかったアルセーヌ・ルパン
HMM'05.11

3 少年探偵サン・ザトゥ登場作品リスト

すべて児童書(ジュヴナイル)

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 幻の馬 1971 偕成社 Kノベルス 093('95)
2 Sans Atout contre l'homme a la dague -
3 Les pistolets de Sans Atout 1973 -
4 Sans Atout dans la gueule du loup 1984 -
5 Sans Atout, l'invisible agresseur -
6 消えた死体 1985 偕成社 Kノベルス 094('95)
7 Le cadavre fait le mort 1987 -
8 うしなわれた過去 1990 偕成社 Kノベルス 095('96)

4 エッセイ・評論その他

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 推理小説論
 恐怖と理性の弁証法
1964 紀伊国屋書店 現代文芸評論叢書('67)
2 探偵小説 1975 白水社 文庫クセジュ('77)

─ピエール・ボアロー単独名義─

1 私立探偵アンドレ・ブリュネル登場作品リスト

【長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 La pierre qui tremble
(震える石)
1934 - デビュー作
2 La promenade de minuit
(真夜中の散歩)
-
3 三つの消失 1938 晶文社 幻の探偵小説コレクション「大密室」('88)
EQ'81.3-5
冒険小説大賞('38)
4 殺人者なき六つの殺人 1939 講談社文庫('85)
5 Les trois clochards -
6 L'assassin vient les mains vides 1945 -
7 死のランデブー 1950 読売新聞社 フランス長編ミステリー傑作集5('86)

【邦訳短編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
4 二重自殺事件
(二重殺人)
別冊宝石77('58)
共和出版社 傑作探偵小説選集「最後に笑ふもの」('46)
新青年'36新春増刊

2 その他の作品

【長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Sans-Atout en danger 1944 -
2 La bête du bois sans nom 1948 -

【邦訳短編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 はやわざ 1952 EQ'92.5(87)
2 Contreprojet
対案
早川文庫「心やさしい女」('85)
3 Les fiancées
婚約者たち
HMM'74.3
4 殺人電話 新青年'36夏季増刊
5 殺人の台詞 新青年'38新春増刊
6 釣燭台 新青年'38秋の増刊
7 百十七號室 新青年'39夏季増刊

─トーマ・ナルスジャック単独名義作品─

1 贋作展覧会

No. 事件名 発表年 邦訳 犠牲となった作家・探偵名
1 Confidences dans ma nuit
(わが深夜の告白)
1946 -
2 Nouvelles confidences dans ma nuit
(続わが深夜の告白)
1947 -
3 Faux et usages de faux
(贋作とその効用)
1949 -
4 贋作展覧会 1955 HPB1069(1~7のみ) 上記短編集1~3をまとめたパロディ短編集
1 ルパンの発狂 EQMM'61.11 モーリス・ルブラン
アルセーヌ・ルパンもの
2 雄牛殺人事件 EQMM'63.5 S・S・ヴァン・ダイン
ファイロ・ヴァンスもの
3 エルナニの短剣 - ピエール・ボアロー
アンドレ・ブリュネルもの
4 赤い風船の秘密 - エラリー・クイーン
エラリイ・クイーンもの
5 メグレほとんど最後の事件 パシフィカ 名探偵読本2「メグレ警視」('78)
EQMM'61.3
ジョルジュ・シムノン
メグレ警視もの
6 赤い蘭 EQMM'61.6 レックス・スタウト
ネロ・ウルフもの
7 花束も冠もなく ハドリー・チェイス
8 Le Monstre du Loch Bliss
ブリス湖の怪獣
HMM'81.4 アガサ・クリスティー
エルキュール・ポアロもの
ボアロー、ナルスジャック名義
9 Lord Peter et le monstre
ピーター卿と怪物
HMM'69.6 ドロシー・L・セイヤーズ
ピーター・ウィムジイ卿もの
10 Le mystere de Nightingale mansion
夜鶯荘の謎
HMM'75.10 アーサー・コナン・ドイル
シャーロック・ホームズもの
11 Le crime du fantôme à la manière de G. K. Chesterton
幽霊の犯罪
HMM'77.10 G・K・チェスタトン
ブラウン神父もの
12 Blackie
ブラッキー
HMM'83.7 コーネル・ウールリッチ
ボアロー、ナルスジャック名義
13 青い顎の男 - エドガー・ウォーレス
J・G・リーダーもの
14 チャーリイ・張、撮影所へ行く - E・D・ビガーズ
チャーリー・チャンもの
15 聖者、パリへ行く - レスリー・チャータリス
セイント〔聖者〕もの
16 Bonne et Heureuse
黒人はパリに死す
HMM'83.6 レオ・マレ
ボアロー、ナルスジャック名義
17 S.O.S. S.A.S.
SOS SAS
HMM'83.8 ジェラール・ド・ヴィリエ
ボアロー、ナルスジャック名義
18 Coincidences - 仏本格作家ジャック・ドゥクレ
19 La nuit Tombe - ピーター・チェイニー
20 Nuit et brouillard - 仏作家ピエール・ノール
21 La martingale - 自作のパスティーシュ

2 その他の作品

【長編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 L'assassin de minuit
(真夜中の殺人者)
1946 -
2 La police est dans l'escalier
(警官は階段にいる)
-
3 Dix de der
(最後の十人)
1948 -
4 死者は旅行中 晶文社 幻の探偵小説コレクション「大密室」('88)
EQ'82.3-5(26-27)
冒険小説大賞('48)
5 La nuit des angoisses
(苦悩の夜)
-
6 Le mauvais cheval
(悪い馬)
1950 -

【その他の邦訳短編】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 The Vampire
吸血鬼
HMM'66.3 原題不明
2 La Police est dans l'escalier
階段に警官がいる
早川文庫「心やさしい女」('85)
HMM'74.3

【エッセイ・評論その他】

No. 事件名 発表年 邦訳 備考
1 Esthétique du roman policier
(探偵小説の美学)
1949 -
2 La fin d'un bluff
(ブラッフの終り)
-
3 Le cas Simenon
(シムノンの場合)
1950 三一書房「推理小説をどう読むか」(評論の一部の訳)('71)
4 読ませる機械=推理小説 1973 東京創元社 キイ・ライブラリー('81) 評論
トマ・ナルスジャック名義

【参考】「大密室」(晶文社 幻の探偵小説コレクション)
「世界ミステリ全集9」(早川書房)
「ひそむ罠」(早川書房 ハヤカワポケットミステリ)
「贋作展覧会」(早川書房 ハヤカワポケットミステリ)
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